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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第592回:新型特急の展望席 - 特急いしづち103号 伊予西条~松山 -

更新日2016/06/16


6時半ごろ、心地よく起床。目覚まし時計が鳴る前である。勝った気がする。いつもの習慣でテレビをつける。ニュースを聞きながら着替えと出発の準備。今日は11月24日で月曜日。昨日は勤労感謝の日だったから、今日は振替休日である。週末は仕事の関係で東京を離れられない。しかし、世の中には休日しか走らない列車もある。だから月曜祝日はありがたい。今日はJR四国の観光列車、伊予灘ものがたりに乗る予定だ。


ホテルオレール西条の部屋から

駅前ホテルの部屋から駅が見える。四国鉄道文化館北館と、南館へ続く跨線橋も見える。跨線橋は夜間にブルーのライトアップを実施していた。今朝は白い光に見える。その向こうに石鎚山地、初秋の淡い朝日を浴びていた。ああ、これぞ旅の景色である。

身支度を調えてロビーに降りた。コーヒーの香りが漂う。無料のロールパンを2個。新聞朝刊。服装以外はビジネスマンの出張気分だ。日本経済新聞にコムトラックの文字を見つける。新幹線の制御システムではなく、建設機械のコマツか開発したコムトラックスというシステムの話だった。建設機械にGPSやセンサー、通信機能を取り付けて、現在位置や残燃料などをリアルタイムで把握できるという。


早朝から無料の朝食ありがたし

たまに新聞を読むとおもしろい。別の紙面に、ダイムラーが2020年から日本で燃料電池バスを販売するという記事があった。燃料電池はバスや自家用車だけではなく、鉄道のローカル線に使った方がいいと思う。運行経路が決まっているし、燃費もいいのだろう。燃料供給施設を置いて、バスや自動車にも外販すれば良い副業ではないか。燃料残量管理はコマツのコムトラックスを流用して……と、情報をパズルのようにつないで、ようやく眠い頭が目覚めてくる。

7時にホテルを出て駅に向かう。ほぼ同じ敷地だから数十歩の距離だ。駅ビルの一角にパン屋がある。昨夜、ステーキ屋の帰りにまだ開いていて、その時に買った菓子パンが鞄の中に入っていると思い出した。あの時に接客してくれたおばちゃんの姿が見える。働き者だ。ホームで列車を待つ間、焼きたてパンの香りが漂っていた。昨日、パンを買わなかったら、この香りで後悔しただろう。いや、もう一度寄って、焼きたてのパンを買うべきだったかもしれない。


伊予西条駅構内にSL時代の給水塔があった

案内放送が列車の接近を伝える。07時33分発の「いしづち103号」松山行きだ。遠くにヘッドライトの光が見えた。JR四国の新型電車8600系の2両編成だ。黒い丸顔にオレンジの輪郭、側面はステンレスの銀色。この車両はまだ数が少なくて、朝の高松発松山行きと、夜の松山発高松行きだけだ。伊予西条で泊まった理由は、鉄道博物館見学と、この珍しい列車に乗るためだった。


新型特急車両8600系で松山へ

2両の電車はすべて普通車自由席だ。早朝のためか休日のためか、車内は空いていた。連結部分から前方車両に乗り込み、さらに前へ進んでいく。前後の中間付近の窓際に、人の頭の数は四つ。一番前が空いていて、デッキの仕切り壁に窓がある。これはちょっとした展望席だ。朝から幸運なスタートである。しかし座ってみると、運転室の窓が少し高い。ひとつ後ろの席に移ると、ちようど良い眺めになった。


デッキ仕切りの窓から展望できる

「おはようございます」
車掌さんだ。検察である。彼はフリーきっぷを見てすぐに返してくれる。この車両に伊予西条で乗った客は私だけ。つまり、最も遠い車掌室からここまで、私をめがけてやってきた。たいした距離ではないけれど申し訳ない。お愛想を言ってみる。
「天井川が見えるそうですが、どのあたりでしょうか」
「天井川ですか」
「川の名前ではなくて、線路の上に川があるんですが…」
「さて……お客さんのほうが詳しいですな」
彼はそう言って戻っていった。

前方に大きなトラス鉄橋が近づいてきた。緑のトラス部の左側に白い文字で中山川橋りょうと書かれている。前方展望だからこそ見える景色だ。中山川は石鎚山地から瀬戸内海へ注ぐ。二級河川に分類されているけれど、このあたりは河口に近く、4連トラス橋が似合う恰幅だ。この川を過ぎて、玉之江駅を通過すると列車が減速。もうひとつ小さな橋を渡って壬生川駅に停車する。


中山川橋りょうに突入

予讃線は瀬戸内海の海岸線に沿っているから、いくつも川と交差する。携帯端末で地図を表示して拡大し、空撮写真に切り替えてみる。しかし手元ばかりを見ていれば見逃してしまう。こんなに忙しい所作をしている客は私だけだろう。しかしおかげで位置はわかった。今治小松自動車道と交差する直前だ。

列車が動きだす。前方を注視していると、左手から高速道路が近づいてくる。そして線路の先に四角いトンネルが見えてきた。あれが天井川である。川の名前は大明神川という。山間部から平野部へ土砂を運び、扇形に撒いている。自ら撒いた土砂の上に新しい水流を作ってしまったから、平地より高いところに川がある。線路はその下をくぐっている。


天井川のトンネル

しかし付近の道路は橋を架けている。橋を架けて、前後に築堤で勾配を作るより、トンネルを掘ったほうが安上がりだったかもしれない。鉄道の勾配はなだらかで距離が長い。

昨日も乗った区間だし、それ以前も乗車済み。だから新型車に乗った喜びはあっても、車窓への期待は薄かった。しかし展望席となれば気分は変わる。小さい窓越しだけど楽しい。前方を見渡す。街並みは続き、さっき交差した高速道路が右から近づく。そして山道を通り抜ける。西条市と今治市の境目にある小さな谷だ。線路と国道と高速道路がもつれ合うように交差している。


今治駅で上り“しおかぜ8号”と交換

今治駅を過ぎると海になる。昨日も通ったから知っている。天井川もくぐったことだし、そろそろ落ち着こうかと思ったところで、もうひとつショータイムがあった。08時20分。伊予北条着。発車は08時23分だから停車時間が長い。その理由は、上り“しおかぜ10号”との待ち合わせだった。隣のホームには銀色の普通列車が停まっている。

外に出てみた。単線だから、相手が来るまでは発車しないだろう。あらためて電車を撮影する。まだ来ない。図々しくも跨線橋を渡ってしおかぜ10号を待つ。さっきの車掌さんには目配せしておいた。08時21分。到着したしおかぜ10号のドアが開く前に、新旧二つの列車の並びを撮って、急いで列車に戻った。まだ動かない。ついでに広いトイレの写真を撮った。


伊予北条駅で2000系気動車と並ぶ

8600系は今年6月から営業運転を開始し、約半年が経過した。JR四国としては8000系電車以来、21年ぶりの特急電車という。JR四国の電化区間は本四備讃線と予讃線の高松―松山間のみ。JR四国は瀬戸内側に力を入れているようだ。8600系の導入で、気動車の2000系を置き換えるという。気動車を電車に置き換えるということは、将来は岡山・高松から宇和島まで直通する列車が消えるのか。そう思って時刻表を見たら、もはや宇和島直通は1日1往復だけだった。なるほど。

乗り心地の良い新型特急電車の旅が終わった。伊予西条では山に霞がかかり、伊予北条までは曇っていたけれど、松山に着く頃には晴れていた。乗客を降ろした後、8600系は回送となり、いったんホームを離れて、ホームの並びの留置線に戻ってきた。黒い丸顔は蒸気機関車の面影という話だけど、中央に貫通路があって、なんとなく下品なものを連想する。あえて何かに似ているとは言わないけれど。


松山駅到着。8600系は夜の上り列車まで待機する

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


 

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