第859回:統計に現れない経済力
私たちの家は、俗にダブルワイドと呼ばれている、ひと昔前までは主に黒人、ヒスパニック、メキシコ、中南米からのラテン系の貧しい人たちが住む、プレハブです。どこかの工場で大量生産され、大型トラックで運ばれ、荷下ろしをするかのように現場に据え付けるというタイプの家で、道路で運搬できる幅に制限があるので、プレハブの家そのものを縦割りに半分ずつ運び、現場でそれをつなぎ合わせ、どうにか広い居住スペースを確保しているトレラーハウスです。
アメリカ的な超大型トラック輸送と実利、現実を尊ぶ精神が産んだ産物です。未だにダブルワイドに住んでいると言うのは、貧乏人の象徴なのです。マー、私たちは赤貧洗うほどではないにしろ、貧しいことに違いはないのですが…。
そのダブルワイドの家、やっとスライド玄関ドアに取り替えました。今まで14箇所の窓、ドアを、主に私の要望で、ダンナさん、日曜大工の腕をふるって取り替え、窓を広く、大きくしてきましたが、今度のスライド玄関ドア、15番目にして最後になるでしょう。
ウチのダンナさんはとても器用で、私から見ると、何でも修理し、何でも作ります。器用貧乏そのままでいっています。もっとも彼に言わせれば、「ただ貧乏育ちだったから、何でも自分でやる習慣がついてしまっただけだ…」ということになりますが…。
このような窓やドアの取り替えを大工さんに頼むと、窓やドアの値段以上に手間賃がかかります。第一、こんな人里離れた森の中まで来てくれる職人はまずいないでしょう。水道の配管工事、電気の配線工事、下水管と汚水溜池(セプティックタンク)のメンテナンスなどなど、全部、彼自身でやっています。「なにも、ミサイルを作り上げようというわけじゃないからな~」と言いながら、結構上手な図面を描き、必要な材料など羅列しています。彼なら、ロケットくらい作れるのではないかしら…。
この台地に住んでいる人は大きく二分されます。牧場主や牧童のように、代々この台地に住んでいる人と週末だけ来て、山や森の中に建てた瀟洒な別荘でキレイな空気を吸い、命の洗濯をしにくる人たちとです。私たちはその中間組になるでしょうか。別荘族は別にして、ここに住んでいる牧場の人、常駐組の人たちはまず何でもかんでも自分でやります。相当大きな物置、ガレージくらいは簡単に建てるし、車やトラクターの修理なんかもお手のもので、大工さんや修理屋を谷間の町から呼ぶことなんか想像もしていないでしょう。
3マイル離れた隣人、スティーヴは立派なアドベの家を自分で建て、電気は太陽電池、水は地下水ですが、全くそんなことを意識させない近代的、合理的な暮らしをしています。いつも卵を買っているマイクも、自分で壮大なログキャビンを建て、ガレージ、ワークショップ、鶏小屋などなどすべて自作です。
そう言えば、私の父も大きなバーン(barn:納屋;下はトラクターなどの農機具、上は牧草の貯蔵庫)をどこか知り合いの牧場主が取り壊すのを買い取り、その場で解体し、運んできて、建て直しています。お爺さんの家は線路の古い枕木で建てたものでした。ハイテックの技師だった弟も、バーンタイプの急な傾斜の屋根を持つ立派なガレージ兼ワークショップを建て、かつ家の周りを半周するくらいの広くて大きなテラスを作っています。
そう言いながら周りを見渡すと、常駐組は皆さん得意な分野があるようですが、森の中、自然の中に放り出されても生きていけそうな人たちばかりです。
ダンナさん、「俺の日曜大工、便利屋的な仕事なんか、彼らの本格的な仕事に比べたら、ケシ粒みたいなもんだ」と言っています。
ひるがえって、ダンナさんの日本の友達、知人、義理の兄たちを見回すと、そんなことをする人、できる人が全くいないことに気がつきました。その分、残業を夜遅くまでして、稼いでいたのかもしていませんが、家周りの簡単なことでも業者さんに頼っています。
私の周囲だけでなく、アメリカ人は自分でできることは自分でする精神が残っていて、それを実行しているように見えます。これは生活を豊かにします。経済的な統計に現れない効果を生んでいると思います。自分の家の窓やドアを自分で取り替えるのは、家が明るく、住みやすくなる上、今度家を売る時に付加価値が付き、不動産自体の価値がグンと上がります。
スティーヴが自分で建てた家も材料費だけなら10万ドル(≒1,500万円)くらいのもんでしょうけど、今彼の家を売るなら、おそらくその7、8倍、否1ミリヨンドル(≒1億5,000万円)ですぐに売れるでしょう。
このように実際の収入の他に自分で何でもやるのは、数字に現れない見えない豊かさをもたらしていると思います。
もちろん、ウチのダンナさんやご近所の人たちは、そんなことを考えていないでしょうけど、彼らの仕事は表面に現れず、蓄積された経済効果だと思うのです。
GNP(国家総生産)とか経済成長率に膨大な自作、修理、改築などは含まれていません。ここまで来てくれる職人がいない事情もありますが、最近のプロの仕事の質が著しく下がり、下手な職人より、近所の人たちの方がはるかに丁寧な良い仕事をするという現実があるにしろ、ともかく自分で何でもやってみる精神は大切だと信じています。
ダンナさん、「食いつめたら、日本でリホーム屋、改築屋、便利屋でも始めようかな、俺の手に余るような仕事は、スティーヴやマイク、弟のトムをアメリカから呼び寄せれば良いしさ…」と呑気なことを言っています。ダンナさんが声をかければ、彼らは喜んで飛んでくるでしょうけど…。
第860回:納税者が国を作っていること
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