第860回:納税者が国を作っていること
税金は誰にとっても頭の痛い問題です。平均的アメリカ人として、私の場合、16歳でアルバイトを始めた時から、その収入を税務署に申告しています。最もそんなアルバイトで得た金額など、納税義務最低金額より遥かに少ない、わずかなものですから、税金は支払わなくても良いのですが、ともかく申告しなければなりません。
ちなみに私の最初の仕事、アルバイトはジェットコースターなどがある大きな遊園地、ワールド・オブ・ファンのポップコーン売りでした。雇用主の方も私に支払った微々たる賃金を申告しなければなりません。というと、ドえらく厳しい税制のように聞こえますが、もちろん国民全員に公平であり、誰もが納得する税制などあり得ません。
大金持ちの人たちは、その道のエキスパートである税理士を抱え、税金逃れの投資や必要経費などなどで、ほとんど税金を支払っていないのが実状のようです。
ベトナム戦争真っ盛りの頃、同時に反戦運動も燃え上がっていましたが、その年、軍に使われる歳出のパーセンテージを差し引いて、税金を払いました。ささやかな反戦運動です。もっとも、その時の私の収入は夏、冬休みのアルバイトだけですから、ベトナムで米軍が消費する弾、一発分にもならなかったことでしょうけど…。税務署のブラックリストの末席のそのさらに下に私の名前が残っていたのでしょう、その後、数年間、毎年のように追徴金の、確か20か30ドル程度だったと記憶していますが、請求がまるで脅迫状のように届いていました。
そう言えば、アメリカ文学の古典中の古典とされている『森の生活』の著者ソロー(Henry David Thoreau)も、納税を拒否して牢屋に入っていたことがあったのではないかと思います。シカゴ・ギャングの筆頭、アル・カポネも逮捕され、実刑を受けたのは納税を誤魔化していた事実がバレたからです。
まあ、それほどアメリカに住む人、アメリカ国籍を持とうが、居住許可証だけで働こうが、厳しい納税義務を負わせていたます。アメリカは納税者によって成り立っているという意識を明確に打ち出しているのです。そして、政治家もことある毎に“納税者の皆さん(tax payer)”を連発します。税務署、IRS(Internal Revenue Service;国税庁)はアメリカで泣く子も黙る恐ろしいお役所なのです。
やっかいなことは、たとえ大企業やお役所勤め、教員など、公職に就いていても、個人個人で税金の申告をしなければならないことです。おまけにそれが複雑怪奇で、とても普通の米語教育を受けた程度の知能では理解することなど、不可能ではないでしょうけどとても難しいのです。
ちなみに、2021年の65歳以上で引退した人用の一番簡単な納税インストラクション・パンフレットは113ページもあり、これを読み通し、理解し、正確に納税申告ができる人は少数でしょう。
そこで、税理士、税務事務所が活躍します。私が働いていた大学町は人口12万人程度ですが、税務事務所が51軒もあります。全国チェーンの“H&R Block”も5箇所に出先事務所を開いていますし、大きなスーパーマーケットやショッピングモールの中に必ず税務事務所があります。それらはすべて民間企業ですから、当然手数料を取ります。
税金を支払うために、営利企業にお金を支払わなければならないという、滑稽なことになります。これはたとえアメリカで生まれ、米語で育った人でも、収入が生活保護ギリギリの人でも、皆さんこの私企業の税務事務所を使っているのが現状です。
ところが、英語教育を全く受けずにアメリカに住んでいる人がたくさんいます。そこは、敵もサルもので、22ヵ国の言語で対応しているのです。もちろん、その中に日本語も(クメール語、ベトナム語、タガログ語、中国語は2種類、ハングル語などなど)含まれており、海外からアメリカに移住してきた人にも、米語を覚えてもらうと同時に納税の義務を理解してもらい、税金を支払ってもらおうと、懸命の努力?をしているのです。
というのも、民間の営利税務事務所でスペイン語専門のところはありますが、とても他の言語を扱えるところがないからでしょう。アメリカの市民権を得たいなら、持つつもりなら、まず税金を支払え、それが国を成り立たせているという意識を植え付けようとしているのでしょう。
近年、インターネットで税金の申告、支払いができるようになり、そのソフトが爆発的に売れています。私も数年前から長ったらしい紙の申告書を書き、小切手を同封するのを止め、インターネットに切り替えました。納税ソフトはとても上手くできていて、順番にyes、no、それに銀行の利子(これは私の場合、スズメの涙ですが)、控除される医療費や寄付などを記入していくと、すべて計算され、最後に幾ら支払え、と出てくる仕組みになっています。
それですら自分で申告しない人、できない人が多く、逆に自分で税金の申告をしているのは、私のほか、私の弟しか知りません。他の妹たち、父、叔父、叔母、従兄弟、従姉妹、同級生、大学の同僚たち皆が、皆税務事務所を使っているのが現状です。納税の時期になると、彼らの話題はどこの税務事務所を使うかになります。
そして、国税を基本としていますが、さらに州の税金を申告しなければなりません。これも、結構な半日仕事になります。
税金がアメリカを支えていることは十分以上に分かりますが、同時に膨大な徴税関連の営利企業を抱え、養っているのです。何万人といる国税庁のお役人を加え、全く非生産的な仕事に従事しているのです。まさか国を保持するための税金を徴収するために、歳入以上のお金を使っているわけはないでしょうけど…。
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