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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第812回:偶然、大統領になってしまった男

更新日2023/08/03


私の父がいる老人ホームは、カンサスシティーの東にあるインディペンダンスという西部開拓時代には幌馬車隊の出発地になっていた町のはずれにあります。その町、インディペンダンスに数年前、私の高校、大学時代からの友達が引退すると同時に引越しました。

元々、彼らが育った町がインディペンダンスでしたから、生まれ故郷に帰って、老後を過ごそうと、町の真ん中、裁判所前の小さなスクエアに面したコンドミニアム(西洋長屋)の一つのユニットを買ったのです。その小さな広場に、これまた貧弱な銅像が立っていて、それがトルーマン大統領です。

旧友のスティーヴは興味が旺盛で、行動的ですから、私たちが彼らを訪問すると、インディペンダンスの埋もれた?歴史歩きに連れ回してくれます。主に、トルーマン大統領に関連した場所です。トルーマンが引退後住んでいた家、そして少し離れたところに建てられたトルーマン博物館、アウトローの王者ジェッシー・ジェイムスの兄フランクが収容されていた牢屋、サンタフェ・トレイル全盛の時にはこのインディペンダンスが出発地点でしたから、その時代の街中の家博物館など、おまけにミュール(馬とロバの掛け合わせの合いの子)に引かせた馬車のツアーにまで乗せられ、すっかり地方歴史探訪に染まってしまいました。この大学へすら行っていない目立たないトルーマンが大統領になったので、ご当地ソング大好きなアメリカ人は、彼をこの町インディペンダンスの大看板にしたのです。
 
お隣のカンサス州のアビリーンという小さな町には、大きなアイゼンハワー博物館、それに彼の家まで博物館のある緑地帯に運んできて展示したりしています。 
 
トルーマンはルーズベルト大統領(フランクリンの方)の副大統領を勤めていましたが、ルーズベルトが急死し、大統領に昇格したのが第二次世界大戦も終わりに近づいた1945年4月のことです。偶然から突然大統領になったと言えるかもしれません。

副大統領という職は実際の権限は少なく、万が一、大統領が死んだ時や殺された時にすぐに国家元首を引き継ぐためにいるようなものですが、アメリカの大統領は結構殺されています。ケネディ大統領が暗殺され、副大統領のジョンソンが即昇格し大統領になったような事態がママ起こります。トルーマンもルーズベルト大統領が就任してから3ヵ月で亡くなり、大統領職を引き継ぎましたから、1953年までの長い期間、その職にありました。

トルーマンは広島、長崎に原爆を投下しことで、日本に少しは知られている程度でしょうね。第二次世界大戦の終結、そして朝鮮戦争を初め、38度線を引き、韓国と北朝鮮を分離させることで戦争を終わらせたことぐらいしか、国際的に知られていません。

ハデさのない、目立たない地味な大統領だったと言えるかもしれません。温厚で小市民的な彼が下した決断で評価されるのは、マッカーサーを更迭したことでしょうか。大統領と議会を無視した作戦を朝鮮戦争で展開したとして退職させたのです。これは賛否両論が渦巻く決定でしたが、今では、中国との全面戦争、第三次世界大戦を回避させたとの評価が固定しています。

表に出たがり屋のマッカーサーは、次期大統領の席を狙っていましたが、トルーマンはマッカーサーが大嫌いで、次期大統領として、軍の中で対立していたアイゼンハワーの方をどちらかと言えば押していたようです。マッカーサーは次期大統領になりたかったようですが、トルーマンはマッカーサー将軍を更迭しました。

ミズーリー州から出たただ一人の大統領ですから、しかも小さな田舎町、西部開拓時代にチラット名前が知られただけの町インディペンダンスの出身ですから、町を挙げてトルーマンを担いでいます。それはもう、ワシントン、リンカーンに次ぐ、優れた大統領だったことになっています(地元では…)。もっとも、歴史の浅いアメリカでは、東部では建国の英雄、南部では南北戦争の激戦地、中西部では開拓史の博物館がやたらに多く、その中で、ご当地ソングの大統領博物館では、当然、その人がいかに素晴らしい人間であり、歴史的に(アメリカの)価値のある役割を果たしてきたかを、子供の時から少年時代、青年時代、そして政治家になってからの活躍、はてまたファーストレディーとの出会いラブストーリー、家庭、彼らの子供たちの成長過程を丁寧に大きな写真のパネルや遺物で展示しています。

あれはとんでもなく悪い大統領だったとか、間違った判断ばかりしていたなどとは展示されていません。お隣のカンサス州出身の大統領アイゼンハワーの博物館も、アビリーンという西部開拓時代に極短い期間牛の集結地になっていたことがあるだけの町にあります。アビリーンの町で圧倒的に大きな建築物は、アイゼンハワー博物館でしょう。
 
アメリカの高校、大学で教える歴史は、アメリカ史が圧倒的で、中国やインド、ヨーロッパの歴史などは見事に無視されます。プトレマイオス(古代エジプトの王朝)などと聞いても“それ新しい抗がん剤の名前?”というくらい世界で何が起こっていたかなど知りません。と偉そうなことを言いましたが、私自身、世界史もアメリカの歴史にも興味が持てず、良く知らなかったのですが、引退してから本を読める時間がグンと増え、その上、父親の住むミズーリーへ年に2、3回行きますから、その途中にある、博物館などにチョイチョイ立ち寄るようになりました。
 
トルーマン大統領のことも、彼の博物館、そして旧友のスティーヴの案内、導き、そして、『ハリー・S・トルーマンの試練、非凡な大統領になった平凡な人、1945―1953年』(The Trails of Harry S. Truman:The Extraordinary Presidency of a Ordinary Man, 1945-1953)[ジェフ・フランク著;サイモン&シュスター出版]を読み、なるほどなぁと興味を引き立てられました。

かなり遅ればせながらですが、歴史から学ぶことはたくさんあるものだと知らされました。トルーマンが戦後の敗戦国を含めた復興計画「マーシャルプラン」を追行し、全国民を対象にした医療保険を施行するため、対立党、共和党が支持する全米医療協会と戦ってきたことを知りました。

誰もが認める偉大な大統領フランクリン・ルーズベルトとアイゼンハワーの間に挟まり、中継ぎの役割しか果たしていなかったとみなされたトルーマン大統領は、存外優れた国家の長だったのかもしれません。アメリカ的民主主義はもうカリスマ的看板大統領であることは必要とせず、バランス感覚の良い優れた管理職、事務屋で十分だとトルーマンは身をもって示してくれたのかもしれません。
   
でも彼は、「世界で最も強力な国家の元首であることは地獄だった」と退官の時、本音を吐いています。このコメントも、率直な心境を思わずこぼしているようで、好感が待てます。ナーンテ言ちゃって、私も引退した老人が趣味でのめり込むよくあるパターンの“地方史家”の一人になってきたのかもしれませんが…。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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