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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第276回:アンダルシアの郷土愛とアメリカの愛国主義

更新日2012/09/07



自分の生まれ育った郷土を愛する気持ちは誰でも持っていると思います。その土地を美しく、懐かしく語るのを聞くのは心温まるものです。

大昔のことになりますが、地中海に浮かぶイビサというスペイン領の島で暮していたことがあります。他になんの能力もないので英語を教えていました。生徒さんの半数はスペインの南部アンダルシア地方からの出稼ぎにこの島にやってきた若者でした。

大量に押し寄せる避暑客が引き上げ、暇になるオフシーズンの秋から冬にかけて、島は一挙に静かな落ち着きを取り戻します。その冬場に少しでも次のシーズンの仕事に役立てようと、アンダルシアの人たちは外国語を学ぼうというのです。

彼ら、彼女らと親しくなり、彼らの溜まり場的なバーに連れて行かれて驚きました。
そこは観光客相手のフラメンコを見せるところとは違い、イビサの島でも下層を形づくるアンダルシアの人たちだけの憩いの場所でした。

おばあちゃんが歌い、若者がギターを弾き、やっとよちよち歩きができるようになった子供が、おじいちゃんと踊ります。あの熱狂はアンダルシアの郷土愛に根ざしたものでしょう。

しばらくして、皆に勧められるようにして髭面で一見ホームレス風の冴えない中年後期の男が椅子を引きずるようにしてフロアの中央に出てきました。椅子の背もたれを前にして、椅子にまたがるように腰を降ろし、しばらく瞑想するように目をつぶってから唄い始めました。

ギターの伴奏は、ワビ、サビ極限を行くかのように控えめで、まるですすり泣きのようです。この歌い手とギター奏者はもう何十回、何百回と同じ曲を演奏してきたのでしょう、この全く無名の素人芸術家はピッタリと息のあった間をとり、強弱をつけます。

初めは静かに、そして感情が盛り上がってくるとともに徐々に声は大きくなり、終いには魂を搾り出すかのように絶叫し始めたのです。「私は南部で生まれた。私の身体も心も南部のものだ。南部の魂をもっている……」と、唄の内容はたわいのないものですが、静まりかえって彼の歌を聴いているアンダルシアの人たちの大半が涙を流していました。

アンダルシアの南部の魂をよく知りもせずに、私ももらい泣きをしてしまいました。

私は長い間、アメリカを離れて暮していましたが、アメリカに対する郷土愛を感じたことがありませんでした。でも、アンダルシア人のように強い、彼ら流に言えば魂を揺さぶられるような郷土愛を見せられ、不毛のアンダルシアが美しいのは、溢れるような郷土愛を持ったアンダルシア人がそこにいるからだ、と思わずにはいられませんでした。

一般的に、アメリカ人は良い条件の仕事があればどこにでも気軽に引越します。アメリカ人全員が、放浪するジプシーのようなものです。お爺さん、曾お爺さんの代から同じ土地に住んでいるアメリカ人は珍しいでしょう。いつもダイナミックに移動しているのです。そんな状態ですから、郷土愛など、フォスターの歌の中にしか残っていません。それでいながら、奇妙なことに、アメリカに愛国主義者は意外と多いのです。

自慢話ほど人をうんざりさせるものはありませんが、唯一つだけ、聞いていてほのぼのと心温まるのは、アンダルシア人が持つ郷土愛のようなお国自慢でしょうか。

ところが、アメリカ人の愛国主義者たちには、自分の故郷の自然や人情、歴史を誇る魂がないのです。郷土愛に根ざさしていない愛国主義は、どこか大きく歪んでいると思うのです。

 

 

第277回:愛国主義はヤクザ者の隠れミノだ!

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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