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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第528回:隣人たち、サムとダイアン一家

更新日2017/09/07



隣の家が全く見えないようなド田舎に住んでいても、近所はあります。向かいの家、と言っても郡道を挟んで私たちの家とは1キロくらい離れていますが、には若いカップル、サムとダイアンが住んでいます。

私たちがここに越す前に、この界隈を何度もドライブし、散歩がてら売家を探していた時、確か、11月のサンクスギビングの頃でしたが、私たちの歴史的骨董品のホンダ シビックがエンストを起こしてしまいました。ただ、バッテリーがアガッタだけかと思い、ジャンプスタートしてくれる他の車が来るのを待ちましたが、この郡道に車が行き交う気配など全くなく、小一時間も虚しく待った挙句、近くの牧場まで歩いて助けを求めたのです。

牧場の柵を越えるとワラワラとたくさんの犬が吠えかかってきましたが、どれも猟犬風の様相の犬でしたから、犬をかき分けるように明かりの灯った谷間の家のドアをノックしました。犬の吠え方で誰かが家に近づいて来たのを知っていたのでしょう、ドアはすぐに開き、中肉、中背、顔や首が陽に焼け、いかにも野外で働いていることが見て取れる若者が出てきました。それがサムでした。恐らくその時サムは20代の半ばだったと思います。私の話を聞くと、彼はすぐに大型トラックに私を乗せ、ホンダ・シビックのレスキューに来てくれたのです。

田舎に住む人たちはある程度自給自足的な生活をしています。男の人は自動車やトラクターのメカニックを知っており、大抵のことは自分で直してしまいます。そうでなければ、とても人里離れたところで暮らすことができません。サムも太いジャンプケーブルをトラックからシビックに繋ぎ、ダンナさんがシビックのエンジンをスタートさせようとしましたが、ウンともスンとも言わないのです。ジャンプスタートならダンナさんもなんとかできたでしょうけど。サムがスターターモーターのフューズが切れていることを見つけるまで、5分とかかりませんでした。そして、ドライバーで火花を飛ばしながら接続し、エンジンをスタートさせたのです。

その時、すでにとっぷりと日が暮れ、暗闇になり、寒さが骨まで凍みてくる時間になっていましたから、エンジンが動いた時は思い切り歓声を上げたい気分でした。サムはゴク当たり前のことをしただけだ、という表情で引き上げていきました。それがサムと出合った最初でした。その時はまだ私たちが隣人同士になるとは思っていなかったのですが…。

その後、お礼にサムの家を訪れた時、彼の奥さん、ケンタッキー出身のほっそりとした美人の奥さん、3歳くらいの男の子ベンと乳飲み子の女の子エミリーに会いました。何でも彼らは数年前80エーカーの牧場を買い、その時、700頭の牛、8頭の馬を持っていることを知りました。それが十数年前のことですから、毎年何十頭の牛を売ったとしても、今では軽く1,000頭以上に増えていることでしょう。ダイアンの方は馬のスペシャリストで、掛け合わせ、飼育、調教をこなし、サムもこの高原でただ一人、蹄鉄を作り、打つ専門家です。

先日、私たちがマキバの間の土の道を散歩していたら、ダイアンと息子のベン、娘エミリーの3人が馬に乗り、牛を追っていたのに出くわしました。ベンはもう中学生、エミリーも小学生で、チョット見ない間にすっかり大きくなっているのに驚きました。それ以上に、子供たちの手綱裁き、馬の扱いの鮮やかさには目を見張りました。人馬一体とはこのことでしょう。体の重心が馬の重心と一つになり、馬の方も安心して子供たちの意思に添っているように見えるのです。

サムとはよく車ですれ違います。サムはどちらかと言えば寡黙でシャイな性格ですが、私たちとすれ違う時、必ず車を止め、簡単な挨拶を交わします。子馬が生まれたとか盲目の牛が生まれたとか、牧場の話題と子供たちの成長、学校でのことなど、ほんの2、3分立ち話をします。夏休みの期間中だけでなく、午後の遅い時には、必ずと言ってよいほど、子供たちを一緒にトラックやトラクターに乗せています。子供たちも、どういうわけかウチのダンナサンの名前の方だけを(少し間違っていますが)覚えていて、「ハーイ、サンヨー、バーイ、サンヨー」と手を振ります。両親が働く様子をいつも目にし、自分も親と一緒になって働きながら成長するのはなんと素晴らしいことでしょう。

もうすぐハンティングシーズン開幕です。サムとダイアンの両方とも、親は代々この高原に広大な土地を持っています。私が知っているだけで6軒の親類、郎党がこの大地に根を下ろしています。その内の一つ、とてつもなく広大な森と山が格好の狩猟場になり、サムはハンティングのガイドに忙しくなります。この前、サムに会った時、この短い狩猟時期の稼ぎの方が牧場より儲かるかかな…と恥ずかしそうに言っていました。同時に、猟犬を増やし、トレーニングするサイドビジネスも始め、彼らのところはまるで動物園のようになってきました。

高原はもう秋です。夏の間、山や森に放牧していた牛を駆り集め、彼らの牧場に移動させるのです。朝早く、ピックアップトラックに大きなトレーラーを繋ぎ、馬4頭を運んでいるサム一家に会いました。もちろん、子供たちも一緒でした。もう一人前で、お父さん、お母さんの小型版カウボーイ、カウガールのイデタチで私たちにクールに手を振って挨拶してくれました。

 

  

第529回:隣人たち、マーヴィンとベヴ

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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