のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第382回:アメリカで黒人であること

更新日2014/10/02



数年前、家の屋根を葺きなおしてもらうため、黒人(アフリカン・アメリカンと言わなけばならないそうですが)を雇いました。髪をアフロスタイルに決めたホレボレするくらい、それはそれはハンサムなマッチョがやってきました。ナヨナヨした植物人間的イケメンとは次元が違うのです。ボブという名前でした。彼は二人、手下を連れてきました。 一人は刺青だらけのプエルトリコ人で、もう一人はダラスという名の黒人で、男前こそボブに50歩は譲りますが、これまた大変な筋肉マンでした。

夕方、彼らが日々の仕事を終え、帰る前に、ウチの旦那さん、彼らにビールをご馳走し、ポーチでの雑談を盛んに楽しんでいたので、後で何の話をしていたのと尋ねたところ、ボブもダラスも刑務所仲間で、ダラスは2、3日前、刑務所から出て来たばかりで、そこで一緒だったプエルトリコ人を連れてボブの屋根葺き業に加わったと言うのです。

そんな人たちを雇い、家の中に入れたことに多少の後悔の念が浮かんだことは認めなければなりません。ダンナさんにそのことを言うと、「俺たちの家には盗むものなんか何もないではないか、モノを持たない者の強みだ」と、余計な心配するなとばかり、はなから全く気にしていないのです。

その後、彼らが毎日仕事に来て、毎夕ビールを飲み交わすのが、なんだかダンナさんの楽しみになったきたようでした。私も加わり、この大学町では、ほとんど黒人を見かけないと言ったら、ダラスは、「何を言っているの、刑務所はほとんど黒人ダラケ、残りはスパニッシュだ(主にメキシコ、中南米人。スペイン語を話すラテン系の人をそう呼びます)。この町では、俺たち黒人を刑務所に押し込めているだけだ」と言うのです。 

帰り際、ダンナさんはいつも彼らにビールを持たせてやります。その時、彼らは丁寧に礼を言い、そして、缶ビールを茶色の紙袋でビールを包みます。ボブが運転するピックアップトラックの助手席に乗って行くダラスやプエルトリコ人は運転しているわけではないし、車の中でゆっくり飲みながら行けばいいではないか…と言ったところ、3人が一斉に、「何を言ってるんだ、黒人が公共の場でアルコール飲料を缶やビン、ムキダシで持っていただけで、たとえ飲んでいなくても逮捕されるだぞ」と言うのです。

そして、今週何回、警察に止められ、免許証、保険証、身分証明書をチェックされたか、俺は3回、月に8回だ…と、お互いに警察に止められた回数を競い合う始末でした。そういえば、一応、コーカソイドに分類されている私は、11年間一度も街中で警察に止められたことなどありません。

彼らの車の中に運悪く、ビールの空き缶が転がっていたなら、即警察署に引っ張られ、ウジウジと質問攻めに遭うというのです。そこで反抗的な態度を取れば、待ってましたとばかり、即、拘留される仕掛けになっているというのです。この半分眠ったような田舎の大学町ですら、黒人であることはそれだけで大変なことなのだと、感じさせられました。

ミズーリー州、セントルイスで、黒人の若者が警察に射殺された時、全米でチョットした騒ぎになりましたが、あのような事件はアメリカ国内でたくさん起こっており、そのような事件がきっかけになり根の深い社会運動に発展することはめったにありません。 要はマスコミの取り上げ方が浅く、センセーショナルな事件にワッと群がり、時間をかけた追跡報道をしないところに問題があります。

2014年9月4日、サウスカロライナ州で警察が黒人を撃った事件は、日本では報道されなかったでしょう。ガソリンスタンドに付随するコンビニに入ろうとした黒人を警察が撃ったのです。

レーヴァー・ジョーンズさんはサイレンを鳴らさずに後を付けてきた警察官、シーン・グルバートに免許証と車の登録証の提示を求められ、ジョーンズさんが車の登録証はグラーブコンパートメントにあるからと、それを取り出すために自分の車に引き返し、グラーブコンパートメントを開けようとしたところ、警察官はジョーンズさんに、3秒間に4発もの銃弾を浴びせたのです。

ジョーンズさんは、「どうして、俺を撃つんだ?」と言いながら、全く抵抗の構えすら見せていませんでした。もちろん、グラーブコンパートメントにはピストルなどの武器はなく、車の所有検証、保険証などの書類だけでした。

パトカーのダッシュボードに取り付けられたビデオカメラの録画(裁判所の提出命令で公開されました)を通じて、その様子を見ることができます。

私も、車の登録証、所有権証、保険証などは、グラーブコンパートメントに詰め込んだままです。おそらく100パーセント近くのアメリカ人はそうしていることでしょう。そんな書類等をお財布に入れて持ち歩く人にお目にかかったことがありません。

サウスカロライナだけではありませんが、このように白人の変質狂的警察が黒人を撃つ事件は、相手が死んだ場合でもまず"お構いなし"、無罪の訓告、戒告、減給程度で終わってしまいます。

実際、サウスカロライナ州で70歳の男性(もちろん黒人です)が突いていた杖をライフルとカン違いし、撃ち殺してしまった警察官も"お構いなし"でした。検察庁自体が頭からそんな事件、白人のお巡りさんが黒人を撃ち殺すことに事件性を認めず、訴えを却下するのです。

今回のジョーンズさん事件は、偶然? ダッシュボードのカメラで録画していた映像(警察は逆にこの録画で、警察官の行動の正当性を証明しようとしたのですが)が流れ出て、世間に知られ、私のような部外者でも観ることができましたが、そんな映像の記録がない"警察が黒人を撃った"事件は、サウスカロライナ州だけで2014年9月までに、少なくとも35件あり、そのうち16人の黒人が死んでいます。

無抵抗のジョーンズさんを撃った警察官のシーン・グルバートは、"市民を暴力から守った栄誉により"表彰されていました。

 

 

第383回:サーファーたちの訴訟~海岸は誰のもの?

このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで

第351回:アメリカの銃規制法案
第352回:大人になれない子供たち、子離れしない親たち
第353回:恐怖の白い粉、アンチシュガー・キャンペーン
第354回:歯並びと矯正歯科医さん
第355回:ローマ字、英語、米語の発音のことなど
第356回:アメリカ合衆国政府の無駄使い
第357回:ストーカーは立派な犯罪です
第358回:親切なのか、それとも騒音なのか?
第359回:ゴミを出さない、造らないライフスタイル
第360回:世界文化遺産と史跡の島
第361回:セルフィー登場でパパラッチ失業?
第362回:偏見のない思想はスパイスを入れない料理?
第363回:人種別学力差と優遇枠
第364回:"年寄りは転ぶ"~高齢者の山歩きの心得
第365回:アドリア海の小島"ハヴァール"から その1
第366回:アドリア海の小島"ハヴァール"から その2
第367回:アドリア海の小島"ハヴァール"から その3
第368回:犬はかじるのが仕事?
第369回:名前、ID、暗証番号
第370回:「号泣県議」の"滑稽な涙"
第371回:死を招く大食い競争
第372回:日本で団地暮らしを始めました…
第373回:日本女性の顔と声の話
第374回:空き家だらけの町
第375回:旅客機撃ち落し事件
第376回:食卓での10秒ルール
第377回:夏のノースリーブ・ファッションの敵
第378回:飢えているアメリカ?
第379回:アメリカのザル法=最低賃金法
第380回:州や郡で消費税が異なるアメリカ
第381回:お国自慢と独立運動

■更新予定日:毎週木曜日