第335回:ウチの山にも、クマが出たー!
一昨日の朝早く、私道を共有している郡道脇に住むキャロルから電話があり、彼女の家の大きなゴミバケツをクマが漁っていたので、ダンナさんのバッドがライフルで威嚇したら、ウチの方に走って逃げていったから注意しろ…と言うのです。
注意しろ、と言ってもどうやって注意すればいいのか皆目見当もつきません。外を一人で歩かない? 外に出る時にいつも笛やクマよけスプレーを持ち歩く? 夜、家のドア、ガラス戸に鍵をかける? この界隈では、私たちは銃器を持たない恐らく唯一の家ですから、ピストル、ライフルに弾を込めてベッドの横に置いておくわけにもいきません。
奇妙な知識が沢山あり、変な本を溜め込んでいるウチの仙人は、早速、「クマに会ったらどうするか」(岩波新書、玉手英夫著)という本を引っ張り出し、丁寧に読みふけっていましたが、顔を挙げて、「こりゃ、俺たち、人間様にできることはなにもないな…」と嘆息していました。
彼によるとクマは木登りが得意で、垂直な松、杉のように地上3、4メートルまで枝のない大木でもスイスイ登ることができるし、走るのも、短距離なら鹿に追いつく程だと言うし、死んだ振りをしても、死肉を喜んで食べるグルメならざるクマの例も報告されているし、大声で叫び、笛を吹いたり、ドラ(そんなもの持って歩けますか)を叩くのも、早めにこちらの存在をクマに知らせる効果はあるけど、一体あの音はナンだ、と詰め寄ってくる好奇心の強いクマがいないとも限らず、逆にクマを興奮させることもあるそうです。できるだけクマとのご対面を避けるより方法はなく、いざクマに出会ったら、これが絶対に効くというクマの追っ払い法はないようなのです。
その日の午後、幾らなんでも、もうクマさん、もう少し山のほうに帰ったことだろうし、両サイドが広い牧場の真ん中を通っている見晴らしの効く道路なら安全だろうと、ダンナさんと散歩に出かけました。もちろん、不審なモノが動いていないか周囲に抜かりなく目を走らせながら、砂利道の真ん中を3キロくらい歩き、そこから同じ道を引き返して、丁度半分くらい来たときでしょうか、道路脇に雑草が生えている溝から突然大きな黒い塊が飛び出し、潅木をへし折るように物凄いスピードで岩山の方へ駆け抜けていったのです。
大きなクマのお尻が意外と可愛いものだと知りました。それに、クマにもイロイロな性格の持ち主がいるでしょうけど、一般的には案外シャイで恥ずかしがり屋なのではないかしら。
どういう理由からか、クマさん、3、4メートルの距離にいた私たちのほうに向かってこずに、逃げてくれましたが、あのスピードでババッとかかってこられたら、どんな拳銃の早撃ちの名手でも、何もできないでしょうし、クマよけスプレーを腰に下げていたとしても、そんなもの腰から外し、安全弁を開き、ボタンを押し、クマめがけてシューとやる暇などないでしょう。私たちは散歩の帰り道にクマを見たのですが、クマの方はズーッと、私たちが行く時も観察していた、私たちを見張っていた可能性が大です。
家に着いて、今度は私が近所の牧場や農家、私たちのようにただ山に住んでいる定年退職者の人たちにクマ注意報の電話攻勢をかけました。鶏、羊、豚、牛、馬を大抵の農家で飼っていますから、クマの登場は彼らにとってユユシキ問題なのです。クマだけでなく、コヨーテや狐に鶏を何十羽名百羽も殺された農家の人の怒り、悩みはよく分かります。そういえば先週、アメリカンフットボールの選手のような体格の若いマッチョマンが3匹のコヨーテに襲われました。
明け方だったので、彼が持っていた懐中電灯だけを武器に、何とかコヨーテを追い払いましたが、病院に運ばれた彼は、噛み傷やら引掻かれた傷やらで、まさに全身傷だらけ、ボロボロでした。あんな中型の犬くらいの大きさしかないコヨーテ相手にしても、何も持たない人間は非力です。
私の電話警戒警報の後ですが、その家は留守にしていたので警報できませんでした。クマがその家に入り込み、余程、冬眠前の食い溜めを急いでいたのでしょうか、冷蔵庫はもちろん、台所、居間をメチャメチャに壊したのです。家具だけでなくカーペット、窓、ドア、すべて買い換えなければならないと、あまりお金に縁のなさそうな老夫妻が嘆いていました。
同じクマなのかどうか、人相描きがないので(あっても同じようにしか見えないでしょうけど)分りませんが、いつもタマゴを分けてもらっている農家の叔母さんが、町から帰り、車をガレージに入れたら(ガレージドアは開け放していたそうですが)、クマが大きな袋で買い置きしていたドックフードを食べているのに遭遇しました。
叔母さんがクラクションを鳴らたところ、クマは逃げて行ったそうです。彼女もあのコロコロしたクマの走るスピードに呆れており、クマの逃げ足の速さの見解で私と意見が一致しました。
近所の牧場や農園の男たち、クマ退治の要員に全員集合をかけ、クマ退治総集会を開いたようです。もの凄く遠くまで飛ぶライフル銃を持った牧童たち、それに隣のバッドは、コロラド州で最大のクマを獲った記録保持者だと言うし、どんな地形でも走るATV(バギー)など何台も集まっていましたから、余りクマが生き延びる可能性はないでしょうね。
でも、クマには早く山に逃げておとなしく冬眠に入ってもらいたい…と思いました。しかし、こんなことは自分たちが直接被害に逢っていないから言えるのでしょうけど…。
第336回:アンパンマンの無限の優しさ
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