第336回:アンパンマンの無限の優しさ
私が勤めている谷間の小さな大学町にも、独自と呼んでよいのでしょうか、テレビのチャンネルがあります。アメリカの4大ネットワークの傘下ではありますが、朝晩に非常にローカルなニュース、新しい洗濯屋さんがオープンしたとか、ガールスカウトのボランティア・リーダーがいなくて困っているとか、時々駐車中の車からカーステレオが盗まれたとか、ニュースを流してくれます。
その他にも、朝早く、『今日の農作業』的なニュースというのでしょうか、牧場主向けに牧草の作柄、霜や雪が降る前の、今年最後の牧草刈りに適した日、山から放牧している牛を集め、下に移動させるのはイツが良いかなどの情報を流しています。
その中で、私たちが比較的マジメにチェックしているのは天気予報です。この田舎町の天気予報師さん、顔も身体も見事にまん丸で、お腹の辺りを押すとアンコが出てきそうな体型なのです。ウチの仙人は、「ヨッツ、アンパンマン、おはよう」とかテレビに呼び掛け、我が家の人気者になっています。
このアンパンマンという呼び方は、ウチの仙人が勝手に付けたアダナだとばかり思っていました。ところが、日本のニュースで元祖アンパンマンの作者、やなせたかしさんが亡くなったことを知り、真打、アンパンマンがいたことに初めて気が付いたのでした。
それから、インターネットに掲載されている漫画、アンパンマンを覗いてみて驚きました。一体、こんなカッコウの悪いヒーローがどこの世界にいるでしょう。アメリカのマンガのヒーローは、スーパーマン、バッドマン、スパイダーマンなど、どれを取ってもカッコ良く、子供たちが憧れ、ハロウインにはそれらの衣装を着たがります。 誰がアンパンマンの衣装、お面を付けたがるものですか。
ストーリーもアメリカ流なんとかマンは絶対悪に対する絶対正義で、尽きるところ、正義の味方が暴力で悪に打ち克つというワンパターンです。ただ、どのように悪者をやっつけるかだけが許されたバリエーションのように見えます。
それに比べ、アンパンマンはお腹の空いた子供たちに自分を食べさせるのです。この違いは絶大で、地球上に絶対悪も絶対正義もないことを、やなせたかしさんは自信を持って知っていらしたのでしょう。アンパンマンはとても人間的で、深く大きな優しさを持っているのです。
ニワカ知識でやなせたかしさんのことを調べたところ、モトモト詩人で、このアンパンマンを描いた時は50歳前後だったようです。本人も出版社も、アンパンマンが人気者になるとは全く予想していなかったと言います。タダで児童図書館に配ったりしていたところ、誰に勧められた訳でもないのに、子供たちが争うように借りて読むようになり、出版社がその異変に気づき、増刷して本屋さんに送り、結果、このカッコウの悪いアンチヒーロー、アンパンマンのブームに火が付いたと言います。
こんなマンガを描いたやなせたかしさんも凄い人ですが、それを見つけ親しんだ子供たち、人間の本当の勇気は、自己犠牲の上に成り立つ無限の優しさの中にあると見抜いた日本の子供たちの感性に驚かずにはいられません。
私の日本語クラスの学生たちに、暴力、セックス、奇妙奇天烈なファッションと、上っ面だけの恋愛ごっこのアニメばかり見ていないで、アンパンマンを読みなさい、見なさい…と言いたいです。アンパンマンを数冊取り寄せ、アンパンマンを期末試験のテーマにしょうかしら……。
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