のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第687回:自分の性別を選べる?時代

更新日2020/12/10


リズムに乗って体を動かすことが大好きな私は、教職にあった時、時間の許す限り、大学がオファーしている様々なダンスの授業を聴講生として参加しました。タップダンス、バレー、ヒップホップ、モダンダンス、ジャズダンスなど、私の孫のような生徒さんたちと一緒に踊り、とても私には無理な動き、回転、ジャンプなどは、一歩後ろに下がって、若いのはそれだけで素晴らしい、美しいことだな~とため息をつきながら眺めていました。

私がモタモタし、ステップを覚えられないような時に、親切に手助けしてくれる男子生徒がいました。きっと、お婆さんを可愛そうに思ったのでしょうね。彼、コール君は痩せ型、中背の、女性の多いダンス、バレークラスの中でも目立つくらいファッションセンス溢れる服装で、しかも、毎回違うタイツ、細身で筋肉質の上半身をピッタリ張り付くようなスパンデックスで包み、とてもカッコいい存在でした。

彼ならさぞかしモテモテだろう、この20人からいる教室の中でもコール君に熱い視線を送っている娘が何人もいました。ある時、彼が綺麗にマニュキュアをしていることに気がつきました。そして次の学期に入った時、彼、コール君が薄化粧をし、「私、女性になったの。これからジェニファーと呼んでくれる…」と言った時、それほど驚きませんでした。なんとなく女性的な要素が、すでにコール君時代にも見えていたからです。

私の事務所を掃除してくれていたジェネター(janitor)は、もっそりとした毛が生えたたくましい腕をした、完全なマッチョでした。年齢は40代でしょう、仕事柄作業服のようなゆったりとしたツナギを着ていましたから、他の身体の特徴は分かりません。ジェネターは早く言えば掃除夫です。当然、給料の高い仕事ではありません。その彼が毎年大枚をはたいて、カリフォルニアのそれ専門の病院で、性転換の手術を受けていたのです。あの手術は一回で、ハイ、男が女になりましたというようなものではないらしく、何年もかけて何回もの手術を経て、違う性に移行するもののようです。

ジェネターさん、私が退職する時には、「もう女性として登録している」と、ウワサ好きな秘書さんが言っていました。いつも掃除をして貰っていましたから、彼?、彼女と廊下ですれ違った時、長いこと掃除をしてくれてありがとう、晴れて女性になっておめでとうと声を掛けました。彼?、彼女は満面笑みを浮かべ、「良い引退生活を!」と、私を祝福してくれたのです。でも、その声、顔は中年の男そのものでした。彼の場合には化粧をし、人目を引く女性に生まれ変わろうというのではなく、ただ、男性性器を持って生まれてしまったけれど、本来女性のようなのです。 

この数年の間、私の授業に男性とも、女性とも判断がつきかねる生徒さんが現れるようになりました。10年前には全く見かけなかった現象です。その上、学期の途中で女性から男性に、男性から女性に変わる生徒さんが出てきて、期末試験の時など、答案に書き入れる名前も変わり、混乱させられます。学生証の写真、姓名も、大学の学生課で再発行して貰っているのでしょう、元男の子は普通の女学生より、グッと女らしい自分の写真を入れていますし、元々女性だった男になった生徒さんも、ボーヤ、ボーヤした写真に取り替えています。

トイレの中で、元男子だった生徒さんに会った時には、一瞬ギョッとしました。コロラド州の公官庁、学校ではユニセックスのトイレを設けることを義務付けています。大学でも、各フロアーにユニセックス(両性?、性不明)のトイレがあります。一万人以上いる学生さん、教職員を合わせると1万5,000人近くになる中にユニセックスのトイレを使わなければならない人は至極少数でしょうけど、そのような人のために専用のトイレを設けることは素晴らしいことです。

絶対数が少ないので、ユニセックストイレはいつもとても綺麗で、しかもどういう理由からか広々しているのです。そこで私は、すっかりユニセックストイレの愛好者になってしまいました。ただ、ユニセックストイレから出てくる時、生徒さんや他の先生と出会うと、皆が皆、“アレッ!” “オヤッ”といった表情で私を見つめるのには参りますが…。

両方の性の特徴を持って生まれた人にとっては、それ自体が悲劇です。こんな人をGender Identity Disorder (性判別困難症とでも訳するのでしょうか…)と呼んでいます。成長の過程で自分は反対の性に生まれるべきだった、その方がより自分自身でいることができると気づき、真剣に悩む人もいるでしょう。また、男とも女とも見当のつけようのない人が増えてきたのは、性を移行できる社会になってきて、それを特異なことではあるにしろ、ともかく認める社会になってきた影響があると思います。

私の授業でも、彼(he), 彼女(she)、そして本来なら複数形のtheyを一人称の単数に使い、両性を呼ぶことにしていました。学期の始めの頃、確か男の子だった生徒さんが、途中で女の子になり、私にボーイフレンドを授業に連れてきても良いかと尋ねてきました。オープンな授業をモットーにしている私は、もちろん授業の邪魔にならない限り、誰でも聴講OKです。ところが、連れてきたボーイフレンドが元女性で、最近男性になったと知り、ジェンダー・アイデンティティー(gender identity)はどこにあるのか混同してしまいます。

一般的に広がってきたこんな現象を目の当たりにして、気になるのは、性を選ぶ自由を乱用というのかしら、簡単に考え、ファッショナブルだから、流行だからと軽くとり、もって生まれた性を取り替えている様子が見え隠れしていることです。自分自身であろうとするのは強い意志の力と継続した内省を必要としますが、ただ人目を引き、故意にユニークであろうとしている傾向があるように見えてしまうのです。持って生まれた性をあまりに軽く考えている傾向があるように思うのです。

人は皆…と、またまた大きく出ましたよ。持って生まれた条件の下で自分を伸ばしていくより他の生き方はできないのです。生まれた場所、人種、肌の色、その時代、どれも自分で選んだ条件ではありません。その条件の一つに性別があるのです。そんな条件を受け入れて、自分を見つけ、自分を伸ばしていくことで、自己独自性(Identity)は自然に内からにじみ出て来るものではないかと思うのです。


-…つづく

 

第688回:安い食料はどこから来るのか?

このコラムの感想を書く

 

 

 

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで

第501回~第550回まで
第551回~第600回まで
第601回~第650回まで


第651回:国際的広がりをみせてきた映画界
第652回:笑う家には福がくる
第653回:スキーの悲劇~エリーズさんの死
第654回:アウトドア・スポーツの安全と責任
第655回:野生との戦い~アメリカのイノシシなど
第656回:偏見と暴力、アメリカのコロナ事情
第657回:飛行機の座席について思うこと
第658回:エルサルバドルの悲劇
第659回:予防注射は人体に害を及ぼすか?
第660回:もう止められない? 抗生物質の怪
第661回:地球は平らである……
第662回:新型コロナウイルスで異変が…
第663回:ついに山火事発生! そして緊急避難…要持ち出しリストは?
第664回:黒人奴隷聖書の話
第665回:空の青さとコロナ効果
第666回:映画『パラサイト』と寄生虫の話
第667回:コロラド川~帰らざる川
第668回:田舎暮らしとファッションセンス
第669回:“Black Lives Matter”(黒人の命も大切だ)運動
第670回:何でも世界一を目指す日本人
第671回:パイオニアたちの夢の大地、グレイド・パークのこと
第672回:大きいことは良いことなのか?
第673回:バギー族と今年の夏山散歩報告
第674回:トラック輸送とコンテナ盗難事件
第675回:生活スタイルと寿命の関係
第676回:地下鉄道(Underground Railroad)と不法密入国
第677回:牛乳はホントに悪者なのか?
第678回:使い捨て文化 vsプラスティック・フリー
第679回:新型コロナ、山火事~災難の年
第680回:コロナ経済援助金の正しい使い方
第681回:選挙権は誰のものですか?
第682回:手の大きさとピアニストの関係は?
第683回:男性にとっての理想の人生は?
第684回:アメリカ大統領選挙の怪
第685回:あり得ない偶然の出会い
第686回:小沢孝雄さんのこと

■更新予定日:毎週木曜日