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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第31回:“天才贋作画家” エルミア・デ・ホーリー 2

更新日2018/08/02

 

エルミア・デ・ホーリーが大量の贋作を矢継ぎ早に描き出したのは、画商のフェルナン・ルグロとくっ付いてからだ。ルグロは厳格で取得するのが難しいと言われているフランス画商のライセンスを持っていた(後に剥奪されるが…)。この画商ライセンスはバイヤーを信用させるお札のようなものだった。

Fernand Legros
フェルナン・ルグロ(Fernand Legros);1979年撮影

ルグロとエルミアがパリで知り合いになり、と言うかゲイ同士のアンテナが敏感に反応し、愛人になったと同時に、贋作制作者と販売人として、互いの利用価値、存在価値を認め合ったのだろう。

エルミアはルグロに頼らなければ、あれだけ大量の作品を売りさばくことはできなかったろう。エルミアには将来を見越した計画性とか、経済性が決定的に欠如していた。目先のこと、利益しか目に入らないタイプの人間だった。

一方のルグロは、メハシの効く、天性の詐欺師だった。絵画の鑑定は、権威、肩書きだけがモノを言う。鑑定士には、国家資格やギルドが発行する免許があるわけではない。したがって、充分なお金さえ鑑定料として払えば、もっともらしい立派な便箋にイカメシイ押し印を付けた鑑定書を手に入れることができた。

ルグロは当初、大枚を払って鑑定書を書いて貰っていたが、すぐに、そんなモノにお金を払うのはバカらしいと気づき、鑑定書も偽造するようになった。贋物を売るのに本物の鑑定書なんか必要ない…と言うところだ。

何事もやりすぎることは良くない。
画商たちは有名な画家の作品で、見たことがない、知らない作品があまりに次々と出回り始めたことに気づき始め、それがすべてルグロに繋がっていることに、パリとロンドンの画商たちがもしかすると贋モノではないかと疑い始めたのだ。

エルミアと一つの名前でここでは押し通しているが、本名はエルミア・ドーリー・ボウティン、もしくはホフマン・エレメール・アルベルトとも言われ、はっきりしない。そこへ持ってきて、ルイス・カスー、ジョゼフ・ドーリー、エルミィール・エルゾーク、エルミィール・レナールと、本人が十指に余る芸名、偽名を使っていた。

どうにも、ヨーロッパでは足元に火が燻り出したので、人を信用しやすい、騙しやすいアメリカへ、そして日本へと販売市場を移したのだった。

アメリカはマイアミに本拠を構え、贋作の通信販売を始めた。これは大いに当たった。そこで欲をかき、美術館、シカゴの画商まで相手にしたのがまずかった。フォッグ美術館へ売ったマチスが偽物だとバレた上、同時にシカゴの画商も偽物を掴ませられたと連邦警察に訴え、調査が始まったのだ。エルミアはメキシコに逃亡した。

FBIはエルミアを手っ取り早く捕まえるために、ホモがらみの殺人事件をでっち上げたとも言われている。元々、エルミアは殺人を犯すような暴力的なタイプではないし、痴情がらみで殺されたはずのイギリス人が存在しなかったようなのだ。それを知ったエルミアは、またアメリカに舞い戻っている。そして、彼の作品を買った美術商、美術館が、彼が描いた贋作を高額で売りさばき、巨利を上げていることを知り、今度は足の付きにくいリトグラフを製作、販売することにしたのだった。

このようなオペレーションはすべてルグロの発想だったと思う。エルミアは贅沢をするお金は欲しいが、経済観念がなかったように見受けられるからだ。リトグラフ(石版画)は原画からおよそ100枚、多い時で200枚くらい刷り、刷ったリトグラフが総計何枚刷ったものの何番目であるか100分の15とか、鉛筆で小さく書かれている。だから、同じ作品が多数出回っていたとしても不思議ではなく、その番号を照らし合わせ、同じ番号だと知れない限り贋作だとは判断できないのだ。

エルミアとルグロは全米贋作リトグラフ販売行脚を始めたのだった。

ホモセクシャルの嫉妬は男女間より激しいと言われる。
ルグロとエルミアの関係も、ルグロがカナダ人の恋人を作ったことから壊れた。 

1959年と言われているが、パリでルグロと贋作販売業を始めているから、ヨリが戻ったというところだろうか。その時、ルグロはまだカナダ人の恋人と一緒だった。エルミアとルグロの関係は、ショーバイ優先で落ち着いていたのかもしれない。ルグロは巨万の富を築き上げ、エルミアにはほんのオコボレしか渡さなかったと言われている。

1962年に、エルミアは『カサ・デ・バンブー』の前の坂道を登りきったところにある“ラ・フォリャ邸”に移ったのだった。私はこのプール付きの豪邸はエルミア所有のモノだと思っていたが、名義はルグロだった。こんなことを知っているのは、70年代後半になってから、この“ラ・フォリャ邸”が売りに出て、買ったのが『カサ・デ・バンブー』の常連だったスウェーデン人弁護士のエルクだったからだ。エルクは購入前に、“ラ・フォリャ邸”を私に見せ、ロケーションのこと、エルクと若い奥さんアナが不在の時や冬場に荒らされることがないかなど、相談を持ちかけてきたからだった。

ルグロは、エルミアがここ“ラ・フォリャ邸”で贋作制作に励み、ルグロがすべての販売を担当するという役の振り分けを意図したのと、エルミアとの奇妙な三角関係を解消し、カナダ人の愛人と心置きなくヨーロッパ、アメリカを飛び回ることができるようにするため、エルミアをイビサに置いてきぼりにする意図があったと思う。

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ラ・フォリャ邸で仕事中のエルミア;1970年撮影

エルミアはイビサ、そして“ラ・フォリャ邸”がとても気に入っていた。私がエルミアを見かけた時、彼はすでに初老の60代後半だったと思う。エルミアは女々しく、愚痴が多い性格だった。エルミアのお気に入りのカフェ・バーは『エストレージャ』(Estrella;星)だった。

『エストレージャ』は連絡船が発着するイビサ港の桟橋の付け根にあり、そこのテラスにエルミアはいつも陣取っていた。私はエルミアが少しはドラマチックで哀愁を帯びた連絡船の発着を見るのが好きなのだろうと思っていたのだが、エルミアの意図は別のところにあったようだ。

若く、金のなさそうなヒッピーに声をかけ、プールの落ち葉を掬い、清掃するシゴトをしないかと持ちかけ、オカマの相手を物色していたのだ。『エストレージャ』で網を張ることを止めなかったところを見ると、それなりの成果を挙げていたのだろう。だが、何人かの若者が『カサ・デ・バンブー』にバックパック姿で逃げてきて、「あの、薄汚いホモ爺いめ!」と悪態をついたことがあったことも書いておこう。

-…つづく

 

 

第32回:“天才贋作画家” エルミア・デ・ホーリー 3

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第2回:ヴィッキー 1 “ヴィーナスの誕生”
第3回:ヴィッキー 2 “カフェの常連とツケ”
第4回:ヴィッキー 3 “悪い友達グループ”
第5回:ヴィッキー 4 “カフェテリアができるまで”
第6回:ヴィッキー 5 “誕生日パーティー”
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第10回:ヴィッキー 9 “コルネリアからの絵葉書”
第11回:カサ・デ・バンブー ~グランド・オープニング 1
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