第537回:熊本駅のゴールデンタイム - 九州新幹線 熊本 ~ 鹿児島中央 -
SL人吉は鹿児島本線を北上している。進行方向右手の風景は熊本平野。沿線は田畑が広がり、民家が増えると駅を通過し、また田畑が広がっていく。遠くに九州山地が霞んでいる。箸を動かしている間に宇土駅を通過。左の車窓に線路が合流したはずだけど、席を立って見るほどでもない。三角線は6年前に乗った。あの時は終点の三角で引き返したけれど、次は観光列車"A列車で行こう"に乗ってみたい。船でその先の天草も訪れたい。
出番のないブルートレイン
栗めし弁当を食べ終わり、胃も心も落ち着いた。熊本の車両基地を通過。車窓から青い客車が見えた。ブルートレインとして東京と熊本・大分を結んだ寝台特急"はやぶさ"、"富士"に使われた14系だ。列車は4年前に廃止されたけど、客車は残されている。編成は分断されたまま。使われない客車ももったいないし、置き場所ももったいない。JR九州はどうするつもりだろう。鹿児島中央と博多・門司を結ぶ夜行列車を走らせてくれたら嬉しいけれど。もうそんな時代でもなかろう。博多と鹿児島は、新幹線で1時間半もかからない。
右手に豊肥本線の線路が寄り添う。その線路を展望室付きの列車が走っていた。車体上半分が白、裾周りが黒。特急"あそぼーい!"だ。あちらも熊本駅へ向かっていて、こちらが追いついて並んだ格好になった。車内放送でも隣の"あそぼーい!"を紹介している。きっとあちらの車内でも"SL人吉"の出現を知らせているのだろう。窓から手を振りましょうと促され、こちらの人々が手を振っている。あちらの窓からも子どもたちが手を振っている。観光列車の旅の最後に、粋な演出であった。
"あそぼーい!"と併走する
あとで時刻表を調べると、"SL人吉"の上りと、"あそぼーい!"の午後便の上り列車の熊本着はどちらも17時13分であった。時刻表では路線ごとに掲載ページが異なるから気づかなかった。これは偶然ではないだろう。両列車の乗客を喜ばせようと仕組んだダイヤである。JR九州は粋なことをやるものだ。日本の列車運行が正確だからこそできる演出で、外国人観光客なら偶然だと勘違いして大喜びするに違いない。
熊本駅に到着
熊本駅に到着。乗客たちが蒸気機関車の周りに集まって記念撮影を始めた。ここでは写真を撮りづらい。私は風ちゃんと合流し、跨線橋を渡って向かい側のホームに行った。こちらからなら列車全体を下回りも含めて撮れる。それに、こちらのホームには"あそぼーい!"が停まっている。車内には入れなかったけれど、間近で展望車を見物できた。
"あそぼーい!"を間近で見る
ふたたび"SL人吉"に目を向ければ、最後部の客車の向こうに"A列車で行こう"が停まっている。"SL人吉"より少し早く鹿児島本線を上り、17時ちょうどに4番線に到着していた。なんと、この時間は水戸岡鋭治デザインの列車が勢ぞろい。熊本駅のゴールデンタイムであった。この風景を見れば、次は"あそぼーい!"と"A列車で行こう"を乗り継ごうかな、と思う。JR九州の狙いもそこだろう。そういうことなら、いつか乗ってやろうではないか、と思いつつ、まんまとJR九州に乗せられてしまうのであった。
"A列車で行こう"に気づく
私たちは19時17分発の九州新幹線"さくら563号"の指定券を持っている。2時間近くも空けた理由は、ゆとりを持ちたかったし、ちょっと散歩して熊本城でも見物しようかと思ったからだ。しかし思いがけず観光列車のパレードに出会い、少々出遅れ感がある。曇天のため予想よりも風景が暗い。ならば1本早い列車に乗って、景色が少しでも明るいうちに九州新幹線の車窓を眺めたほうがいい。私はみどりの窓口に行き、指定券変更を願い出た。幸いにも18時13分発の"さくら561号"が空いていた。
今回は乗れない800系
発車までの約30分を、熊本駅構内の土産物屋で過ごした。明日も列車に乗り詰めで、そのまま帰宅予定だ。結果的にこの時間の使い方のほうが良かった。発車15分前に新幹線ホームへ上がる。博多発熊本止まりの"さくら309号"が到着。九州新幹線だけを走る800系電車だ。ほんとうはこちらに乗りたかったけれど日程が合わなかった。明日は鹿児島中央から博多まで乗り通す予定だが、やはり山陽新幹線直通になってしまった。
九州新幹線直通仕様のN700系
その山陽新幹線直通の"さくら561号"がやってきた。私たちはバースディパスの恩恵を受けてグリーン車に乗る。革張りの大きな椅子が並んでいる。まるで大企業の重役室か高級な雀荘のようである。停車時間は1分ほどだから、座席番号を捜し当て、まずは荷物を置いたところで列車は走り出した。重役椅子に座れば腰が包まれたようで心地よい。眠ってしまいそうだ。しかし景色は見たい。
今日の締めくくりはグリーン車
これも水戸岡鋭治デザイン
ところが、九州新幹線はなかなか景色を見せてくれない。八代あたりまでの市街地区間は防音壁で遮られた。それでもわずかに開かれた景色から、有明海に沈もうとする夕日が見えた。列車を1本繰り上げる判断はただしかった。あと1時間遅かったら、風景は真っ暗だっただろう。しかしまさに太陽が着水仕掛けた頃にトンネルに入った。ここからトンネルばかり。出水あたりでまた海が見えたけれど、すでに日は沈んでいた。
晴れ間から夕日が見えた
19時ちょうどに鹿児島中央駅に着いた。今朝は日の出前に鹿児島中央駅を出発し、山道を行ったり着たりしながら11時間もかけて熊本に来た。帰りは鹿児島中央駅まで47分と呆気ない。それでも充実した一日であった。
「今日は鶏飯を食うぞ」
昨日のさつま料理フルコースは良かったけれど、鶏飯がなかった。
私たちは駅の近くのビルの5階のレストランに入った。景色の見えない新幹線の車中で、携帯端末で探し出した店だ。昨日のフルコースの半額ほどでビュッフェ形式。若者グループやファミリー向けだろう。鶏飯も食べ放題である。
「こういう店のほうが俺たちに合っている気がするね」
と風ちゃんが言う。
「いや、昨日の店も良かったな。落ち着いて、旅らしくて」
どちらも一人では入りづらい店である。旅の友に感謝。
鶏飯たべほうだい
-…つづく
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