■ダンス・ウィズ・キッズ~親として育つために私が考えたこと

井上 香
(いのうえ・かおり)


神戸生まれ。大阪のベッドタウン育ち。シンガポール、ニューヨーク、サンフランシスコ郊外シリコンバレーと流れて、湘南の地にやっと落ち着く。人間2女、犬1雄の母。モットーは「充実した楽しい人生をのうのうと生きよう」!


第23回:ニューヨークの惨事について私たちができること
第24回:相手の立場に…

第25回:「罪」から子供を守る

第26回:子供に伝える愛の言葉
第27回:子供の自立。親の工夫

第28回:ふりかかる危険と自らの責任

第29回:子供はいつ大人になるのか? ~その1

第30回:子供はいつ大人になるのか? ~その2

第31回:子供はいつ大人になるのか? ~その3

第32回:Point of No Return
第33回:かみさまは見えない
第34回:ああ、反抗期!
第35回:日本のおじさんは子供に優しい??
第36回:子供にわいろを贈る
第37回:面罵された時の対処法
第38回:子供を叱るのは難しい!
第39回:トイレへの長き道のり
第40回:私はアメリカの病院が好きだ! ~その1
第41回:私はアメリカの病院が好きだ! ~その2
第42回:私はアメリカの病院が好きだ! ~その3
第43回:私はアメリカの病院が好きだ
! ~その4
第44回:駐車することさえ考えるな!
第45回:しつけとけんかの微妙なちがい
第46回:本当のアメリカの個人主義
第47回:人の目を気にしよう

 
第48回:自分の子供をどんな大人に育てたいか、ということ

更新日2002/11/28


今年は我が家の娘二人が、ダブル七五三だった。下の子は私が3歳の時に着た着物を着せたが、6歳の上の子の着物は借りることにした。着付けてもらう美容院に環を連れていったのは夫で、私は家で下の子に着物を着せ、自分の用意などをしてまっていたら、2人が帰って来た。

振りそでを着て、ほのかにメイクアップまでしてもらった娘は、ふだんのお転婆ぶりも忘れる程、成長した姿だったので驚いた。その夜、夫が妙にしんみりとして「なんかさあ、考えちゃったよ。着物着せてもらって、お化粧してもらってるのを見てたら、ああ、この子はあと20年もしたら、こうやって嫁に行くんだなあ、ってさ」

男親というものは、母親とは違う感慨を抱くものらしい。けれども、その後20年の間に親として私達がしなければならないことは、山のようにある。そこで、改めて私は自分の娘達にどんな風に育ってもらいたいか、ということを考えた。

自分が自分であることに自信を持って欲しい。人はみんな違うこと、そしてそれは当たり前の事だ、ということを理解して欲しい。そして、自分を大事にするのと同じように他人も大事にして欲しい、と思う。

アメリカにいる時子育てについてインタビューしていた時に、友人のサリーが言った一言が胸に残っている。「自分の子供にどんな大人になって欲しいか」と聞いた時、彼女はこう言った。「そうねえ。他人が自分にしてくれることに感謝できる人になって欲しい。だから、母親の私が子供にしてやることも、当然のことと思うのではなく、感謝の気持ちを忘れないでいて欲しい」

この言葉は、私に取っては新鮮な視点だった。それは、自己本位からでた言葉ではなく、母親をも自分とは違う一人の人間としてみることを子供に望むことであり、子供ではあっても、一人の人間である、という自覚を促す言葉だったからだ。

私が子供だった頃は、親は絶対であり、自分と並べて考えるなんて想像だにしないことだった。けれども、現在母親である自分を私の子供がそれと同じレベルで絶対的な存在であるという風に考えているかというと、答えは否であると思う。

興味深いことに、アメリカにいた時にインタビューした10人程がそろって同じようなことを感じていることが分かった。今となってはその立場を変えることはできない。それならば、私の取るべき道はサリーの言った方法しかない。

例えば、最近私はボディボード用にウエットスーツを購入したのだが、それを見た環が「ママはずるい。自分の欲しいものばっかり買って、たまちゃんが買って、と言ったものは買ってくれないじゃない」

私はこう応えた。「じゃあ、たまちゃんが欲しいものは全部買ってあげる。その代わり、ママが毎日しているお洗濯もお掃除もご飯を作るのも、全部たまちゃんがやってちょうだい」

すると、案外あっさり「ああ、そうか。たまちゃんにはまだできないや」と納得した。自分のしたいことは何でもできる自由を手に入れる代償は、かなり高くつく、という当たり前の事を、言い変えれば自由に伴う責任ということを、しっかり理解して欲しいのだ。

例えば、これから大きくなるに連れて、友だちと一緒にいろんな悪戯や悪ふざけもするだろう。けれども、どんなに「みんなで一緒に」やったことでも、自分のした行為の責任は「みんなで一緒に」はとれない、自分一人で引き受けなければならない、ということを子供にわからせるということは非常に重要なことだと思う。

 

→ 第49回:国際人という人種はいない