音羽 信
第11回: ウォー by ボブ・マーリィ
人間には
優れた人種や劣った人種がいるんだという
そんな考え方が
最終的に無くなるまで
永久に無くなるまで
そんなことが意味を持たなくなって
誰も二度とそんなことを考えまくなるまで
どこにいたって
俺たちは戦闘中なんだ
そう、戦争なんだ
もう二度と誰も
国民には一級国民と
二級国民がいるなんて考えなくなるまで
皮膚の色が目の色以上の意味を持つなんてことが
この世から無くなるまで
そう、戦争なんだ
基本的人権は特定の連中のものじゃなく
人種なんかには関係なく
あらゆる人のものなんだってことが
あたりまえになるまで
戦争なんだ
永遠の平和を夢見ること
世界市民という考えと
世界的で人間的なルールが定まる
そんなことが儚い夢でしかないという現実が続く限り
そんな状態のままである限り
今はまだ
どこにいたって戦争なんだ
戦争なんだ
下劣な、そして人を不幸にする政治がある限り
アンゴラで、あるいはモザンビークで
南アフリカで
俺たちの兄弟が拘束されている限り
人間に対してあるまじき奴隷扱いされる人がいる限り
そんなことのすべてが
打倒されるまでは
すっかり根絶されるまでは……
“WAR” - Bob Marley
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ロックが次第に複雑になり、あるいは洗練され、ショーアップされつつあったメジャーミュージックシーンの表舞台に、突如、イギリスでもアメリカでもなく、それまでのロックの中心地から見れば辺境のジャマイカから登場したボブ・マーリィは、定番のロックのリズムに馴染んでしまっていた私たちの体に強烈な衝撃を与えた。
ほとんど着の身着のままで、大勢の仲間たちを引き連れてステージに上がり、レゲエのリズムを踏みしめるようにして、身をよじらせ髪を振り乱して全身全霊で、シンプルでストレートなメッセージを歌い放つボブ・マーリィの姿の前では、あらゆる虚飾が色あせた。『One love』『Get up stand up』『No womon no cry』、どの歌もインパクトに満ちていた。
「立ち上がれ、闘いをあきらめるな」彼の歌には、一回りして原点に戻ったかのような、あるいは雑音などには惑わされずに、過酷な状況の中で、ひたすら我が道を突き進んできた者だけがまとう確かさがあった。
そして『War』は、貧しいジャマイカだけではなく、人々がなんとなく平穏に日々を送っているように見える、いわゆる先進国にもまた、闘うべきものが山ほどあるんだということを、私たちの目の前に、一瞬にしてさらけ出した。
さらにこの歌で思い出すのは、1992年にNYのマジソンスクエアガーデンで行われたボブ・ディランのデヴュー30周年記念コンサートに、敬愛するディランの歌を歌うためにステージに上がったシニード・オコーナーのことだ。
彼女はこのコンサートの直前に出演したアメリカのテレビ番組で、幼児虐待に抗議して、ローマ法王の写真を破り捨てたことで、ステージに登場するやいなや、大ブーイングを浴び、あまりのすごさにバックバンドも演奏が始められず、しばらく立ち尽くした彼女は、それでも演奏を始めようとしたミュージシャンたちを手で制して、黙って客席を見据え、そしてたった一人で、アカペラで、この歌を歌った。
歌い終わった彼女は、バックステージに戻るやいなやクリス・クリストファーソンに抱きかかえられて泣き崩れたが、しかしステージの上では、まるで闘いの女神、翼を広げて前進する『ニケ』のように美しく、微動だにせず、この歌を歌った。毅然として歌うスキンヘッドの彼女の姿は、それはそれは綺麗だった。
あの孤独なステージの上で、愚鈍で高慢で無知で偽善の塊と化した観客の前で、彼女が瞬時に判断して『War』を歌ったことは見事であり、賞賛に値する。
Bob Marley – WAR
Boston Amandla festival 1979
https://www.youtube.com/watch?v=loFDn94oZJ0
Sinead O'Connor "War" LIVE @Bob Dylan 30th Anniversary
N.Y. Madison Square Garden 1992
https://www.youtube.com/watch?v=y4fVxcT00Sc
シネイド・オコナー~野次の嵐の中で再び歌った”War”
https://www.tapthepop.net/live/11801

Bob Marley
[1945-1981]

Sinead O'Connor
[1966-2023]
-…つづく