第691回:アメリカ刑務所事情
新年早々、コロナと刑務所の暗い話題になってしまいますが、いよいよコロナワクチン投与が開始されました。医療関係者に優先的に回すのは当然のことでしょうけど、その次に誰に与えるかは各州の権限で決めることになります。どの職業、年齢層にワクチン投与をするかは、政治的配慮が大いに絡んできます。
2億人以上いるアメリカ人全体にワクチンが行き渡りませんから、州知事、州議会議員が票田に結び付けようと躍起になっています。その中で、四つ五つの州で、まず囚人とホームレスにワクチンを与えようという動きが出ています。アメリカの大きなクラスターは刑務所とホームレス・シェルターですから、まずそこからコロナ根絶を図り、他に広がるのを抑えようというわけです。
何事も世界一になりたがるアメリカは、囚人の数でも群を抜いて世界一です。現在、600万人もが牢屋に入っていますから、ソヴィエト・ロシア最盛期(最悪の時期かな?)のスターリンの時代のシベリア収容所、ソルジェニーツィンが書いた『収容所群島』時代をはるかに追い抜いてしまいました。
成人人口10万人当たり760人が刑務所暮らしをしているのです。これが日本ですと63人、ドイツでは90人、フランスで96人、韓国で97人の割合です。ドラッグ犯罪国の典型のようなメキシコでさえ207人、ブラジルで242人です。残念ながら、大量の政治犯を収容していいそうな北朝鮮、中国は統計を発表してませんので、アメリカの競争相手は他に見当たりません。独走態勢で囚人比率トップを走り続けています。
どうしてアメリカがこんな囚人大国、収容所大陸になってしまったのか、原因ははっきりしています。1980年には成人10万人に対し、逮捕され実刑を食ったドラッグ関係者は15人でしたが、1996年には148人と増えています。しかもレーガン大統領の時、奥さんのナンシーまで担ぎ出し、ドラッグ一掃キャンペーンを始め “Just say NO”とテレビで流し、それは良いのですが、極僅かな量のマリファナ、コカインなどを所持していただけで、何年もの執行猶予なしの実刑が下されていたからです。
ドラッグ、マリファナを所持していただけで、強盗、窃盗、家庭内暴力、強姦よりも刑が重くなってしまい、長い間牢屋に入らなければならくなったのです。おまけに“No Mercy(慈悲無用)”法と呼ばれている、2度目の犯罪はまるで4倍返しのように、刑が重くなる法律が実行されはじめ、万引きのような軽犯罪でも2度目は殺人未遂のような重犯罪と同じ扱いになり、重い判決が下されるようになったのです。
これじゃ、刑務所が混み合ってくるのは当たり前です。結果、アメリカからドラックがなくなったかといえば、とんでもない、お巡りさんが点数稼ぎで捕まえてくるのは、小者どころかただドラッグ、マリファナを持っていただけの若者が大半で、売人、ギャングらは、禁酒法時代に盛大に儲け、組織を大きくしていったマフィア以上に販売実績を上げ、大組織に発展させていったのです。悪名高い”禁酒法“からなんら学ぶことなく、ドラッグに対してもただ法律を強化するという一番簡単な政治的無策で対応したのです。
ドラッグ戦争は政治の貧しさから生まれ、ただ法律を厳しくすればドラッグをアメリカからなくすことができるという安易で貧しい政策の結果、刑務所は満員御礼になりました。満員どころか、これが船なら定員の何倍も詰め込み、沈没するほどの最悪の状態に置かれるようになりました。
どこの州の何々刑務所と一々羅列するのだけで、この紙面がうまってしまうほど、すべての州の刑務所は定員オーバーです。そして、とても州政府で刑務所を管理できないとうわけで、民間刑務所会社に下請けに出しています。効率的に詰め込み、管理できる刑務所建設に始まり、ハイテックを駆使した厳重な警備体制を売りにした民間刑務所会社が全米チェーンを展開しています。
州政府にしても、自分でやるより安上がりなので囚人を下請けに回すようになってきました。地方自治体にとって、刑務所は雇用促進、食料品納入などで町興しに繋がるとして、ぜひウチに新しい刑務所を建ててください、と呼び込みに必死なのです。
刑務所の管理は意外と難しいものらしく、一つの部屋に何人入れるか、模範囚と凶悪犯をどのように分けて収容するか、運動はどのような形でさせるのか、食事のカロリーとビタミン、見せるテレビ番組の選択、図書部に置く本、どのような労働までさせても良いかなどなど事細かに規定されています。
しかし、それはあくまで基本的な書式上のことで、実情はギュウギュウ詰め、政府の監査官が入る時には綺麗に掃除し、理想的な状態をお見せすることになります。というのは、プライベートの刑務所(アメリカのほとんどが下請けの民間刑務所会社の経営ですが)囚人一人につき幾らというふうにお金を貰っていますので、限られた施設、収容所にたくさん詰め込んだ方が儲かるようになっているからです。政府の方も刑務所が超の字がつくほど混み合っているのは承知の上で、ドンドン犯罪者を送り込んでいます。
平均1年間、囚人一人の預かり料、政府が刑務所管理会社に払っているのは4万5,006ドル(約495万円)で、ここで私が長い間働いてきた大学を引き合いに出させてもらうと、州政府は学生一人に対して使っているお金は8,667ドル(95万3,000円)にしかなりません。1980年から今までカリフォルニア州では、増設された大学は一つ、刑務所は21箇所に建てられているのです。
どうにも、話がすぐに教育の方へ向いてしまうのは、長いこと大学で仕事をしてきた関係上、許してください。マリファナを合法化したように、高めの消費税を掛けてコカイン、ヘロインなどのハードドラッグも合法化してはどうでしょう。コロラド州ではマリファナに25%の税金を掛け、その税金はすべて教育に回されることになっています。
コロラド州で結構上手くいっているのを見て、周りの州も続々とコロラド方式でマリファナの合法化を図っています。他のドラッグも合法化し、売り上げに掛けた税金でドラッグ中毒患者を厚生施設で再教育するのです。ただ単に取り締まる法を厳しくし、下町のボーヤたちを牢屋にぶち込んでも、逆に悪くなって出てくるだけです。
もっと教育にお金を掛けてください。少なくとも刑務所以上にね。
どうにも、新年向けの明るい話題でなくて、ごめんなさい。
※参考:「オレゴン州、ハードドラッグ所持を非犯罪化 アメリカで初」
2020年11月5日/BBC
-…つづく
第692回:日米テレビ事情を比較する
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