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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第325回:国境という見えない壁

更新日2013/08/22



私たちはかなりよく旅行している方だと思います。アメリカ国内を車で、会議や学会のときは飛行機で、そして外国にも年に何度か行きます。

これだけ何回も行き来していても、イミグレーション、税関でパスポートを出し、スタンプを押して貰う時、たとえ自分が何も悪いことをしていないのに、少し心臓がドキドキするのを抑えることができません。この心理は車を運転している時、パトカーを見ると、たとえ自分が制限スピード内で、清く正しく合法的に運転していても、思わずアクセルから足を離し、スピードを緩める心理と同じかしら。

実際には、イミグレーション、入国管理局で別室に連れ出され、厳しい身体検査をされたのは、モロッコからスペインに入った1回だけでしたから(もちろん怪しげなモノ、ハシシ、マリワナなどもっていませんでしたが)確率でいくと100回に1回ほどでしょうか。あれはとても嫌な経験でした。

私の母は、外国旅行など数えるほどしか行っていません。でも、それなのにスペインに入国する時、ストリップサーチ、まだ、X線の検査機械がない時代でしたから、裸にして身体検査を受けました。あれは一体どういう規準で、もしくは規準など全くなく、アットランダムに選ぶのかしら。私の母は、その時中年の身だしなみの良いアメリカ人然とした観光客風だったのですが…。

ある国に入る時、そこで始めて対面するその国の人は税関などのお役人です。彼らがその国全体の印象を作ってしまいます。彼らの対応で、その国が好きになったり、大嫌いになったりするのはやむを得ないところです。

単なる観光旅行なら、イミグレーション、税関の対応は旅の味付け程度で済みますが、拓殖大学、国際部教授の呉善花さんが身内の結婚式のため、ソウルを訪れようとしたところ、韓国への入国を拒否され日本に送り返されてしまいました。

呉善花さんは元韓国人ですが、現在は日本国籍を所有し、日本と韓国の間の領土問題や様々な軋轢に対し、歯に衣着せない言動と著作で知られる国際人だといいます。呉善花さんのケースは、日本と韓国の領土問題で、日本よりの著作、言動をしたことが韓国側の世論、官憲を刺激したようです。

こうなると、その国の言論の自由のあり方にまで響いてきます。ある国に対する批判は、時の政権に対するもので、国そのものに対する批難ではなく、むしろ無関心でいられない郷土愛の発露だと…少し大人の態度を取れないものかしら。

ウチのダンナさんも、外国人としてアメリカで暮らしています。俗に言うグリーンカード所持者で、税金は払わなければならないけど、投票権のない在米日本人です。彼のような立場の人は、政治的にその国では何の権利もなく、何か政変でも起これば一番先にシマツされる立場です。

ニュージーランドでは、南アフリカから働きに来ていた男性が滞在延期を拒否されました。ウチのダンナさんと同じような立場、滞在許可で働いていたのでしょうか、労働ヴィサの更新を拒否されたのです。理由は"太り過ぎ"です。医療費の負担を抑えるため、海外からの移住者、季節・年季労働者に一定の健康状態を保たなければならない…というのです。

ご本人160キロあったのを懸命に減量し、130キロまで落としたのですが、ニュージーランドが引くBMI(体格指数)のラインを超えてしまったのです。 

太目の方、ご注意を…。航空会社でもデブ超過料金を取るところが出てきましたし、そのうちに観光旅行でも入国拒否される日がくるかもしれませんよ。

ダンナさん、「オイ、そのうちにアメリカでもハゲた老人の滞在更新はダメだと言い出すんじゃないか?」とつぶやいています。しかし、アメリカではどんな体型、どんなに歳を取っていても、国がお金を出して個人の健康なんか面倒を見ませんので、心配無用でしょうね。

国境のない世界というのは、耳に良く響きますが、現実的には夢物語です。

北から侵入してくる人たちを防ぐために、中国ではあの長大な万里の長城を築きましたが、それでも侵入を防ぐことができませんでした。でも今、中国最大の観光資源になり、外貨獲得に大いに役立っています。

アメリカも、メキシコとの国境に万里の長城を築こうとしています。もうすでにかなりの部分ができ上がっていますが、この長城はコンクリートの土台に鉄の壁、その上にばら線、モーションセンサーのカメラと、とても数百年後に観光資源になるような構築物ではありません。そして、当然のことですが、ハイテックを駆使したつもりのアメリカの長城は全く効果がありません。地上に完璧な壁を建ても、メキシコ人はモグラ作戦や陽動作戦で対抗しています。

自国以外で暮らすのは、一見社会的制約から逃れることができるようにも思えますが、常に非常に弱い立場に置かれ、個人の権利を簡単に失う危険性をはらんでいるようです。

 

 

第326回:数字と記憶力の話

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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