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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第233回:日本のクマ騒動とアメリカの猛獣狩り騒動

更新日2011/10/27


ダンナさんの実家とのらり編集部からの便りで、札幌市内をクマが散歩し、市の郊外、円山付近の住宅地まで降りてきてると知りました。昨年はどんぐりが豊作で、クマさん、たくさん子造りに励んだところ、今年はどんぐりコロコロどころか大凶作で、冬眠前のクマが餌を求めて、街まで降りてきているというのが、その筋の見解です。

長野県山ノ内町でも可愛いツキノワグマが農家に侵入し、4人に怪我を負わせ、挙げ句には射殺されました。写真を見ると大型の犬くらいの大きさで(80Kgあったそうですが…)、それでも野生の動物ですから、銃を持たない人間なら、とても太刀打ちできないことでしょう。

私たちもクマや鹿、野生の動物と雑居しているような生活をしていますから、クマ談義にはついつい耳を傾けたくなります。

何事もスケールの大きさを第一モットーとするアメリカでの話です。
オハイオ州のザインスビル(Zanesville)という町の110番(アメリカでは911番ですが…)が鳴り、「隣りのテリーさんの馬をライオンが追いかけている」との通報があったのです。電話を受けたオペレーターも、最初は半信半疑でイタズラ電話かなと思ったそうですが、たとえイタズラと分っていても、一応確認の手順を踏まなければいけません。

ところが、相次いで家の前を大きなトラが散歩しているとか、クマが裏庭に入ってきたという通報が相次ぎ、これはこれは奇妙な事態が発生したと、本格的調査に乗り出しました。

なんと56頭もの動物園でしか見ることができない大型の猛獣が、小さな町を恐慌に陥れたのです。どうです? やはりアメリカは話が大きいでしょう。 

小中学校は臨時休校となり、ザインスビルのお巡りさん(アメリカの田舎のお巡りさんは、車にライフルを積んでいるが常識です)は、総動員で猛獣狩りに励むことになったのです。

その中に、世界に3,000頭しかいない、絶滅の危機にあるベンガルタイガーが18頭、ライオン、レオパード、グリスリークマ、狼、特殊なサルなど、町中を散歩しているところをあっさりと撃ち殺されてしまいました。幸い、噛み付かれたりカッチャかれた(編集部注:引っかかれたの意;北海道弁)人は誰もいませんでした。

18頭のベンガルトラ、17頭のライオンなど、総計49頭が殺され、並べられている光景は背筋を寒くさせるのに充分なものです。

一体そんなにたくさんの猛獣がどこから急に出てきたのでしょうか。ハリウッドのサイエンスフィクッションなら猛獣達の頭脳に何らかのバイオケミカルが入り込み、人間支配の地球を彼ら猛獣が支配する世界に変えようと、動物たちが反乱を起こした……となるのでしょうが、実際には、個人の猛獣好きで、かなりマニアックなトンプソンさん夫婦が、広大な自分の土地に猛獣を飼っていたのが逃げ出した……というのが真相です。

でも、一体全体、どこの誰がそんなにたくさんの猛獣を自分の裏庭で飼い、国や地方政府がそんなことを許していたのか……と、誰でも不思議に思います。にわか知識で調べたところ、オハイオ州の法律では、何とか自然動物園のように、人に見せる目的ではなく、ただペット?として飼う分には何千頭のライオンを持っていようと、合法なんだそうです。トンプソンさんも、すべての猛獣を合法的に買い集めていました。

広大な個人猛獣園を持っていたテリー・トンプソンさんは、税金を滞納するくらい貧乏で、ただ、少し捻じれた猛獣愛だけでトラやライオンを集めていたようです。しかも、トンプソンさんは3週間前に1年間の刑務所暮らしから出てきたばかりでした。罪状は銃火器不法所持でしたが、なんと100丁以上の大型銃器を持っていたそうです。

これだけたくさんの動物の餌だけで大変な出費となるのですが、どこからどのようにして餌を得ていたのか不明です。

トンプソンさん、経済的にも追い詰められ、近所の人たちからのクレームや町役場の圧力が強くなり、思い余って、猛獣を街の中に解放し、自分は頭を撃ち抜いて自殺してしまいました。トンプソンさんは、死んだ後、自分の飼っていた猛獣に食べられたようですが……。

ザインスビルの警察は動物を無残に撃ち殺したと、動物愛護協会や動物好き、ペットマニアから大きなブーイングを受けています。猛獣とはいえ、野生ではなく、生涯檻の中で暮らしてきた動物ですから、大半はトンプソンさんの猛獣園から500メートル以内で射殺されています。

これが日本だったらどうでしょう? 第一、ライフルを撃ったことのあるハンターも警察官もとても少ないでしょうし、街の中でライフルを撃つのは条例に違反するとかで、ザインスビルのお巡りさんのように即決での実行は難しかったのではないかしら。

今回の猛獣騒ぎで、人間が一人も猛獣に噛み殺されず、ケガ人も出さなかった地元の警察の判断は、充分理解できるものです。しかし、それにしても、動物たちには罪はなく、哀れだという感情を抑えることができません。

元はと言えば、トンプソンさんの歪んだ動物愛と最後にとった無責任な行動が、動物たちを死なせたのですが……。

 

 

第234回:贈り物文化の日本

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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