第488回:アメリカ大統領選挙の怪
アメリカの政治は4年に一度、1年間ストップするとよく言われます。大統領選挙運動が過熱し、お祭り騒ぎに終始するからです。次期大統領に誰がなるか、誰に投票するかばかり話題になり、現行の大統領の政策、議会で何が討論されているのかマスコミがほとんど取り上げなくなってしまいます。
全体的に言って、アメリカのマスコミ、主に新聞とテレビですが、現実的でない上、実際にありえない“中立”という、あやふやな態度を取ることをしません。『ニューヨークタイムズ』
は選挙戦が始まったばかりの時に、社としてはトランプを支持しないこと明確に打ち出しました。それは、新聞社の偏向ではなく、一種毅然とした態度を示すものととられます。私が勤めている大学の新聞も、ニューヨークタイムズからかなり遅れましたが、トランプを支持しない、ヒラリー支持を表明しています。
テレビは新聞に比べ影響力がとても大いのですが、テレビ局で4大チャンネルのフォックス(Fox)は伝統的に保守派の牙城で、ヒラリーバッシングに力を入れ、トランプ支持です。極右的愛国主義を謳っています。ABCも親会社がディズニーですから保守中道、そして他の2局も中道を謳ってはいるけど私の目から見ると保守系です。面白いことに、視聴率の低いPBS(テレビ)、NPR(ラジオ)は公の国の報道機関ですが、NHKほど政府にべったりではなく、民主党系のコメンテイターが多く登場し、暗にアンチトランプ、ヒラリー支持を匂わせています。
アメリカ人が一般にどちらの政党(民主党と共和党の2大政党ですが)を支持するかは家族的な伝統に縛られている場合が多く、私の家は代々共和党支持だから…私も共和党の大統領候補に投票する…というケースがとても多いのです。両親は共和党支持だけど、私は民主党だというような、家庭内の騒動を巻き起こす例もありますが、何とはなしに家の伝統に縛られているように思えます。
夫婦がそれぞれ異なる政党を支持することはとても珍しいでしょう。ですから、大統領選挙も各政党や候補者の政策に対して投票するというよりも、私は昔から共和党、民主党だからと、どんな人が候補になろうが、自分の支持政党の候補者に投票する傾向が強く残っています。
私たちが住んでいる高原台地の牧場主、牧童たちは頭から共和党支持組で、私たちのように、後から下界からやってきてここに住み着いた人たちは、自分の育った家の伝統、環境、職業、学歴により支持政党は分かれます。
隣に住んでいるケンはデトロイトのフォードの工場で働いていた叩き上げの労働者ですが、絶対的なユニオンマン(日本の労働組合とは異なり、職能別です)で民主党支持です。全般的に大学、中高の先生たち、ハイテック関係の人、工場労働者は民主党、 農業関係、オイル、石炭、銀行金融は共和党支持で、それぞれ固定した支持政党を持っており、両政党とも五分五分と言われています。ですから、選挙ごとに揺れ動く層がどちらに傾くかで体制が決まることになります。
そして、アメリカの大統領選挙が“最大多数の最大幸福”ではなく、州ごとに選挙人を選ぶという、200年以上前のやり方をそのまま続けていますから、獲得投票数が多くても、選挙に負ける、大統領になれいことがたびたび起こります。今回の選挙でも、ヒラリー・クリントンが獲得総投票数では勝っていましたが、州ごとの選挙人の獲得数ではトランプに大差をつけられ、トランプが大統領に選ばれました。このあたりが選挙戦術の面白味だと言う人もいますが、どうにもスッキリしません。これは民主党支持の私の偏見かもしれませんが…。
アメリカの大統領選挙で票を動かす一番の要素は、大きな外交、財政、福祉の問題ではなく、直接感情に訴える問題です。今回の選挙でも三つの小さな国内問題、堕胎を許すか、移民・難民を受け入れるか、銃規制を緩めるかが討論の焦点になり、保守的なクリスチャンは、ヒラリーは堕胎を許すという一点だけで、トランプ指示に回り、自宅に銃を持っている人(全所帯の80%に及ぶそうです)の大半はトランプに投票したと言われています。
人道は今も昔も票に結び付きません。アメリカがどのような爆撃を行い、海外で多くの人を死なせていても、問題にはなりませんが、不法な移民がアメリカに入り込み、アメリカ人を傷つけたとなると大問題になるのです。
上議員も下議員も共和党が過半数を占めてしまいましたし、大統領が指名権を持つ最高裁判事が二人、トランプは当然極右の判事を選ぶでしょうから、これからトランプにブレーキをかけるファクターがなくなり、ブレーキの効かない暴走ダンプになる可能性が大いにあります。
民主主義のチェック・アンド・バランスが崩れてきていると感じるのは私だけなのかしら。
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