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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第156回:パイロットになったカジノ・ディーラー

更新日2021/02/25

 

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カジノ・デ・イビサ、ブラックジャックのディーラー(参考イメージ)

イビサに初めてカジノ『サラ・デ・フィエスタ(Sala de Fiesta)』(ショーを見ながら、食事ができるホール)がオープンした時、相当数の雇用が地元に生まれた。カジノ、賭博場のディーラーはチップだけでもスペインの平均的サラリーマンの何倍もの収入になる…とばかり、イビサ在住組はこぞって応募した。

カジノのディーラーになるには、モナコなどの本場から来たベテラン組の指導よろしく、ブラックジャック、ルーレット、バカラなどのトレーニングを受け、技術を学び、接客業のイロハを身に付け、晴れて一人前のディーラーとなる。カジノ開店の年、私も血迷い、通いつめた顛末は以前に書いた。(第106回:ハマると怖い“カジノ狂騒曲”

あれだけ毎晩のように賭博場をうろつけば、自然ディーラーたちとも顔見知りになる。そして、彼らの技術、手際にも、本場者とイビサの地元から応募した研修生的なヤツの違いが分かるようになった。だからと言って勝てるわけではないのだが…。

ぺぺ(なにせ、スペインには何百万人の“ぺぺ”がいるので、至って紛らわしいが、このぺぺは我が朋友のイビセンコのぺぺとは別人)を『カサ・デ・バンブー』に連れて来たのは、イギリスの旅行代理店から派遣され、夏場だけイビサに住み、イギリスからの避暑客を飛行場まで迎えに行き、ホテルまで送り、その間、オプショナルツアーを売り込み、また、ホテルでピックアップした旅行者を飛行場まで送る“ランドオペレーター”と呼ばれている仕事をしていたジェニファーだった。

彼女はどうにか美人の範疇に入る大造りの顔と大柄でグラマラスな体型を持っている明るい女性だった。ともかく外交的で、動きのすべてがキビキビしていて、有能な旅行エージェントであることが伺えた。ジェニファーはよく、仲間のエージェントや、本国イギリスから来たエライサン風の人、それに彼女のお客さんを店に連れて来てくれた。

今もって、どうして私を誘い、それに嬉々として応じ、ジェニファーの同僚たちとイビサの夜(深夜12時過ぎから朝まで)を徘徊したのか思い出せない。田舎臭いが少し美形のアイルランド娘に気があったからだろうか、ともかくジェニファーと彼女の仲間たち5人、すべて女性に、男は私一人というグループは、ハシゴにハシゴを重ね、彼女らに引き回されるように付いて行ったのだった。

何よりも驚いたのは、彼女らの酒の強さだった。そして、あくまでも陽気で賑やかな酔っ払いぶりだった。彼女らは私が酒に弱いのを知ると、ますます私を酔い潰れさせようと、さらに飲ませるのだった。その夜、どうやってアパートに帰ったのか全く覚えていない。

しばらくして、ジェニファーがぺぺと一緒に『カサ・デ・バンブー』にやって来た時、私の方は、アレッ、お前はカジノのディーラーでは…、向こうは、コイツはカジノで散在している東洋人ではないか…と思ったことだろう。

ぺぺとジェニファーのカップルは一見、およそ不似合いに見えた。スペイン男のマッチョイメージから程遠いぺぺは、色白、黒髪、痩せ型、小さめの整った顔、無口に近いほど静かな男で、一方のジェニファーはおしゃべり、身振り手振りが大きく、すべて即断型の女性だったからだ。本当のことは分からないが、行動的なジェニファーがぺぺにモーションを掛けていたのかな~と思わせた。

その夏、ぺぺとジェニファーは連れ立って、あるいはぺぺがカジノの仕事仲間を連れて、ジェニファーは旅行関係の人を連れて、週に1、2度のペースで店に来るようになった。

ぺぺが一人で来ることもあった。そんな時、ぺぺは私を諭すつもりはなかったのだろうけど、カジノでお金を儲け、財を成したヤツはいない、儲かるのはカジノの経営者だけだ、イビサのカジノは地元でショーバイをしている人たちの蓄えを吸い上げるところだ…と、ボソボソ言うのだった。加えて、当時、ヨーロッパのどこにでもあるカジノをイビサで成功させることはハナから無理なことで、イビサのカジノの息もそう長くはないのではないか…とノタマウのだった。そして、彼自身、そのような不健康なところ、ギャンブルとアルコールに侵された人を相手にする仕事に見切りをつけるつもりだ…と告白するのだった。

私は、イビサの連中が口癖のように、この観光地に見切りをつけて新しいことを始めるつもりだと、夢を語りながら、次の年の春にはまたイビサに舞い戻って、また同じ仕事に就くのを見ていたから、ぺぺもその同類だろうと思い、聞き流していた。

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スペインの代表エアライン『IBERIA』

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イベリア航空のパイロット(参考イメージ)

ところが、翌年の春、ぺぺが制帽こそ脇の下に抱えていたが、制服をピシッと着込み、今仕事の帰りなんだと、どこか恥ずかしそうに、イベリアの副操縦士になったと告げたのだ。あと何百時間だか、副操縦士で飛ぶと、キャプテンになれると説明してくれた。

私は何よりもカジノで仕事をしながら、よくパイロットの難しいであろう試験勉強、実地のトレーニングをこなすことができたものだと心の底から感心し、その旨を告げると、ぺぺ独特の謙遜から、飛行機も車も同じさ、すべて慣れの問題だ、それよりも何よりも、カジノから抜け出られたことが大きい…そして、「お前は、まだカジノに通っているのか?」と訊いてきたのだった。それがいかにも自然に“お前、あんなところに通いっていると、人間ダメになるぞ…”と忠告してくれているように響いた。

私は、「去年のオフできれいさっぱり足を洗い、それから一度もカジノに足を踏み入れていない」と言うと、ぺぺはいかにもそれは良かったという風に、サンミゲル(San Miguel;スペインのビール)の小瓶を乾杯でもするように持ち上げ、祝ってくれたのだった。

ジェニファーとどうなったのかは訊き忘れた…。


 

 

第157回:イビサを去る決断に至るまで

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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