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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第112回:イビサ上下水道事情 その3

更新日2020/04/09

 

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ローマ時代の城塞都市イビサの命綱は雨水だった

中近東の砂漠のアラブ諸国ほどではないにしろ、地中海の国々でも、水は生命線だ。大きな川のないところに文明は育ちようがない。古代から中世、そしてほんの百年ほど前まで、イビサでは飲料水は雨水に頼っていた。イビサの農家はもとより、城砦を取り巻くダル・ヴィラ(Dalt Villa;城壁内地区名)、港に面した旧市街の家には雨水を貯めるために地下を掘り下げたシステルナ(cisterna)と呼ばれる貯水槽があり、そこへ緩やかな傾斜をつけた屋上で集めた雨水を流し込み蓄えるのだ。

イビサの城砦には何箇所も深い井戸があるが、それらはいずれも城砦の全表面を網羅する雨水を流し込み、溜めておくためのシステルナ=貯水槽から水を汲み上げるためのもので、岩山の上に建った城に地下水、井戸はない。

いくら乾燥した地中海でも、秋から冬にかけて雨が降る。時には豪雨と呼びたくなるほど、ドバッとばかり驟雨が襲う。そんな雨水を一滴でも逃さずに地下に溜め込むのだ。

イビサでは今でも、田舎までは水道が行き渡っていないし、カンポ(campo;田舎、田園)に住む人たちは雨水を飲んでいる。朋友ぺぺやカルメンの実家から、何度か、「そんな水道水を飲んでいると、体が腐るぞ!」とばかり、大きなガラッファ(garaffa;空き瓶)に詰めた彼らのシステルナから汲んできた水をプレゼントされたことだ。瓶詰めのミネラルウォーターが出回る前のことだが…。

家が建て込んだ旧市街のシステルナを初めて観たのは、コロンビア人のエルナンがカジェ・デラ・ヴィルヘン(Calle de la virgin))の入口近くに『チェス・バー』を開いた時だった。エルナンが借りた建物の奥まった石畳に50cm四方ほど、他の床石とは違う石が嵌め込まれていた。あるかないかの隙間にバールを押し入れ、その石を剥がしてみることにしたのだ。

港の近くだから、財宝が出てくるかも知れんぞと言いながら、蓋石を二人でヨウヨウ持ち上げ、滑らせるように脇に除けた。下は空洞らしく、当然のことだが真っ暗で何も見えない。ただ湿ったカビの臭いが上がってきただけだった。

即懐中電灯を買いに走り、それを紐で結び、ソロソロと降ろして地下を照らしてみたのだった。それが、システルナという貯水槽だとエルナンの方が先に気がついた。私は、雨水を貯めるために、岩をくり抜き大きな洞窟を掘ること自体あり得ない、これはどこかにつながる地下道で、中世の軍事目的以外には考えられないと…素人理論を展開したのだった。

よし、それじゃ中に降りて確かめようということになり、這い上がるための準備として椅子に紐を結び降ろし、それから、私、エルナンと地下に足を踏み入れたのだった。

先に打ち明けておくが、財宝より骸骨が積み重なっているのではないかと恐怖していたのだが、いつものように好奇心がそれを上回っていたのだ。私の骸骨妄想には十分な理由がある。

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アルカラ・ラ・レアル(Alcalá la Real)と教会内部

アンダルシアの村を日本人の仲間の“ヤナイ先生”(教師顔というだけで教職免許はない)と回っていた時、アルカラ・ラ・レアル(Alcalá la Real)という村の外れにある丘の上の城砦、その真ん中にある朽ち落ちた教会を探索したことがある。その崩れ落ちた壮大な教会の地下階段がポッカリと落ち込んでいた。まだ夕刻で、陽があるうちだった。

その階段を2、3段踏み降りてみたところ、地下室一面が人間の骸骨で埋まっていたのだ。想像のしようもないのだが、恐らく何百、否、何千の単位だったかもしれない。それは誰かが丁寧に埋葬したものではなく、死体を投げ込んだか、まだ生きている人間を閉じ込めたかのように、乱雑に積み重なっていたのだった。

私がシャレコウベ、頭蓋骨を2、3個持ち帰ろうとしたところ、ヤナイ先生、「それだけは止めるべや、その人の頭蓋骨はただ興味本位で置物や飾り物にする性格のモンでないべ…」と、福島弁で強行に反対したのだった。

そんなことがあったから、イビサの旧市街の地下に骸骨が積み重なっていたとしても、ムベなるかなと想像していたのだった。

エルナンの『チェス・バー』の地下には、骸骨も財宝もなかった。広さは6畳くらいあろうか、私が頭をすぼめるとぶつからないほどの高さだったから1m 50-60㎝というところだろうか。 相当なトン数の水が蓄えられる広さだ。この旧市街に折り重なるように建っている家のすべてがこのようなシステルナ、貯水槽を持っているのだろう。

いくら天然の水を余すことなく利用していたにしろ、雨水に頼り、生きていける人数には限度がある。イビサが移民団を南米に送り続けたのは、多分に水の絶対量が決まっていたからではないだろうか。イビサの水道局が、水質の良し悪しはともかくとして、観光客を受け入れるだけの給水を始めてから、島の人口が爆発的に増えたのだろう。

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リゾートにはプール付き別荘が定番

よそ者がただ芝生を緑に保つためだけのために水を撒き、プールに大量の水入れるのを、老イビセンコは怒りをこめてノノシル。天水も地下水もあんな風に使って良いものじゃない、どちらの水にも限度がある、使い切ってしまっては、元に戻すことなどできない貴重なものだと言うのだ。そして、観光客やよそ者は自分で使う水を持参して島に来るべきだとさえ、極論するのだった。

日本中どこに行っても清流があり、そのまま飲める水に溢れており、それでなくとも10mも掘れば地下水が出る国は、はむしろ例外なのかもしれない。そう言えば、年中水が流れている川がイビサにはないことに気がついた。

 

 

第113回:イビサ上下水道事情 その4

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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