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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第39回:イビサ商売事情~ウチの人とソトの人 2

更新日2018/10/04

 

当時、イビサ市にはオステレリア(hostelería;レストラン、バー、ホテル、ペンションなどの飲食・観光業)の組合のようなものは存在しなかった。港の周辺、旧市街に店を持つ、主に外国人が集会を持ったこと自体、画期的なことだという意識は私たちに全くなかった。ただ、港に入るゲートを自由に通過させてほしい、多発し始めた窃盗事件に対し、夜の見回りを強化して欲しいというだけの陳情だった。

パブロと二人で坂道を登り、城壁の中にある見晴らしの良い市役所に行き、市長に面会を申し込んだのだった。陳情書が一応市長宛になっていたからだ。例によって、また延々と待たされるだろう…と思っていたところ、待たされることもなく、すぐに助役が対応してくれたのだ。

後で知ったことだが、私たちが集会を持ったことは市役所に筒抜けになっていて、市の方ではチョットした恐慌をきたしていたようなのだ。私たちの集会は、秘密とは程遠く、誰でも参加できたし、パブロのカフェの外に置かれた椅子に座り、一杯飲みながら雑談風に話し合ったから、至って開けっぴろげなものだった。

何人かが集まり、ほんの僅かな政治色の付いた話し合いを持つことに、政府、警察は異常なほど神経を尖らせ、集会を開いた方も密告されるのを病的に恐れるフランコ独裁政権時代の恐怖感が骨身に沁み込んでいて、なかなか抜け切ることができないのだった。イビサの港のオステレリア集会にスペイン人、イビセンコが一人も来なかった理由は、そんなフランコの幻影が尾を引いていたのかもしれない…。

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城壁内にある元ドミニカ修道院を改修したイビサ市役所

市の助役は、今市長はどこそこに出かけているので、私がすべて伺いましょう…と、まるで私たちが来るのを待ち受けていたように対応した。一緒に行ったパブロは、フランス訛りとわかるスペイン語を巧みに話す。とてもオットリとした性格で、およそ他人と争うとか、声を荒げるようなことはない。

パブロは如才なく、ワザワザ時間を割いてくれてありがとう、と月並みな挨拶の後、用件を切り出し、イギリス人のロイが仕上げた陳情書を手渡し、港の遮断機、ゲートを自由に出入りできることがいかに自分たちのショーバイに大事なことであるか、また、このところ急増している泥棒の被害の例を3、4件あげ、ステレオ、スピーカーなどが盗まれるだけでなく、ワイン、リキュール、ウィスキーのビンをまるで西部劇で観る酒場の乱闘のように割り、壊す事件が起こっていることなどなど、具体的、丁寧に説明した。私の方は、ただ横でうなずいているだけだった。

助役は、話はよく分かった、な~んだ、そんなことでわざわざ集会を開いて陳情に来たのかと、安堵の表情が顔にありありと出ていた。予想してはいたが、お役所の常として、私たちの陳情に対する具体的な返答、対策案は何もなかった。

温厚なパブロが、柔らかい口調ではあったが、港に自由に出入りでき、安全のための警備のために税金と公道に張り出したテラスの高額な使用料を払っているのだから、キチンやってもらいたい…と、ほかの国なら至極当然の主張をし、念を押したところ、窓が大きく海に向かって開け放たれている気持ちの良い接見の間と呼ぶのか、大き目のテーブルを囲むように7、8脚の椅子があるだけの部屋に、海から冷たい空気が流れ込んできたかのようにスーッと変わったのだ。

恐らく、助役はこのように抗議され、理屈で押されることに驚き、戸惑っただけなのだろう。フランコの時代から役所務めを延々としてきた実直な助役は、上の意向をこなすのが仕事で、下から、しかも外国人が要求を突きつけ、権利を主張してくることに慣れていなかったのだと思う。フランコが死んでからまだ1年と経っていない時だった。

助役は少し引きつった表情で、ドモリながら、市は公道の使用権、管理権の全権を持っている、それを習慣的にお前たちに利用権だけを便宜的に与えている、ゴミの回収、道路清掃にどれだけの予算を使っているか知っているのか…と奇妙な方向へと議論がずれて行ったのだ。

私はバックパッカーとして相当広く彷徨った経験から、現地の人に対して旅行者、一時的な居住者は権利を振りかざすべきでないこと、どう転んでも私はイビセンコになれないのだし、彼らの土地にチョットお邪魔させてもらっている異邦人だということを忘れてはならないことを体験的に知っていた。ヨーロッパ人同士はまた別の感覚を持っていることにも気づいてはいたが、イビサは小さな島であり、イビセンコは強い島国根性を持っている。それが良い面で現れることもあるが、市の職員、市の警察などは100%イビセンコで占めらている現実の前では、よそ者たる我々は、あくまで下手に出て、こちらの要求を通すのがヤリカタだと感じ取っていたのだと思う。ここは彼らの王国なのだ。

深く考えたわけではないが、私は反射的にパブロと助役の間に割り入ってしまった。私たち、港でショーバイをしている人は皆が皆、市の公平で寛容な政策に感謝している。今でこそイビサ名物になっているヒッピー・マーケット、夜のテキヤ通りがどれだけイビサの観光に寄与しているか計り知れないものがる。それはすべてイビサ市の適切な政策があればこそだ…と、他の観光地、避暑地でこれだけのことをやっているところはない…と、つたないスペイン語でやったのだ。加えて、イビサの観光のためには防犯は欠かせない問題で、イタリアやコスタ・デル・ソル、アリカンテ界隈では多発している窃盗事件のため、訪れる人が激減している(これは2、3週間前に新聞『エル・パイース(El País)』に出ていた記事を盛大に粉飾した)、観光客、とりわけ北欧、イギリス、ドイツの人たちにとって安全と清潔は欠くべからざることだ…と、今思えば、自分であきれるくらい良く舌が回ったものだと思う。

港に入る遮断機についても、コンテナ船が増えていて、夏場にはバルセロナ、フォルメンテーラだけでなく、バレンシア、アリカンテ、パルマ・デ・マジョルカからのフェリーも運航されるようになったから、狭い港が混雑し、違法駐車が多くなったのは分かる。やむを得ない処置としてゲートを設けたのは適切な政策だと思う。私たち港周辺でショーバイをしている人は、車から荷を降ろすだけだから、自分の店の前に普通15分、長くても30分を越える駐車はしないし、必要もないんだ…と、一体どこからこんなデマカセが出てきたのだろうか…、助役とパブロはなるほどといった表情ですっかり聞き役に回ったのだった。

助役は次第に和らいだ表情になり、私の下手くそなスペイン語の弁舌?に相槌を打ち、そんなことなら善処しようと、具体的に解決策はなんら示さなかったが、市と港商店街の繁栄のため、シャンペンでもあればポンと抜き祝杯を挙げそうな雰囲気までになったのだ。

その帰り道、パブロが、「お前、もしかしたら政治家に向いてるんじゃないか?」とコメントしたことが記憶に残っている。

港の遮断機はそのままだったが、ゲートを開け閉めする市の職員に、レストランやバー、ブティックの名前を言うだけで、いつもすんなり開けてくれるようになった。

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イビサ港周辺と旧市街

港のオステレリアの集会、そして、この市役所での陳情事件から、私はウチの人間と認められるようになったのではないかと思う。港の遮断機だけでなく、ディスコ、サラ・デ・フィエスタ(Sala de Fiesta;主にスペイン的な催物で、イビサの民族舞踊、フラメンコショーなどを見せるナイトクラブ)、カジノなどは顔パスで無料で入れるようになったし、ごくたまに行くバールでも、どうしても支払いを受け取らないところが出てきた。そんな役得をできるだけ使わないようにしていたが…。

私以上に長くイビサに、それこそ20年選手のドイツ人、イギリス人、北欧人はたくさん住んでいたが、イビセンコは彼らを決してウチの人とは見なしていなかった。あくまでお金を落としていく常連観光客としてしか見ていなかった。

数年後、イビサの地方選挙があり、何かの用事で市役所を訪れ、待たされ、何気なく候補者の顔写真が並んだポスターを見ていた時、例の助役が背後から、「将来、市長になるつもりはないか? イビサもお前のような外国人を市議に、市長にする時代にならなければ…」と、話しかけてきたのだ。もちろん、そんな可能性はゼロで、助役の単なるリップサービスに過ぎないのは分かっていたにしろ、生粋のイビセンコに同胞として受け入れられ始めていることに感動したのだった。

-…つづく

 

 

第40回:フアナ・ラ・ロカ ~イビサのキチガイ皇女

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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第5回:ヴィッキー 4 “カフェテリアができるまで”
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