■くらり、スペイン~イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻
第1回:旅立ち、0キロメートル地点にて
第2回:移動遊園地で、命を惜しむ
第3回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(1)
第4回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(2)
第5回:佐賀的な町でジョン・レノンを探す(3)
第6回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(1)
第7回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(2)
第8回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(3)
第9回:パエージャ発祥の地、浜名な湖へ(4)
第10回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(1)
第11回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(2)
第12回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(3)
第13回:奇才の故郷に、ごめんくさーい(4)
第14回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(1)
第15回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(2)
第16回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(3)
第17回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(4)
第18回:たいへん! ムール貝を、重油が覆う(5)
第19回:世界遺産で迷子にならない(1)

■更新予定日:毎週木曜日




第20回:世界遺産で迷子にならない(2)

更新日2003/03/13


マドリードから世界遺産の町、古都トレドまでは約70km。埼玉の南くらいから鎌倉までの距離になる。車では約1時間。だもんで、マドリードからの日帰り観光先として、非常に人気が高い。

直行のバスはだいたい30分おきに運行されていて、料金は片道3.76ユーロ(約490円)。天気の良いある日、のんびり家を出て、11時の便に乗り込んだ。

しかし乗るたびに驚くのだけど、スペインのバスは基本的にやかましい。後ろの席では女の子が、これから会いに行く彼氏と携帯電話でお話し中。斜め前に座る、杖をついたおじいちゃん二人連れだって負けてはいない。スペインでは、お喋りは女性の特権ではない。熱っぽい手振りを交えながら、病院や家族、共通の友人、若き日の女性との艶っぽい思い出……と話は尽きることない。それに加えて、車内には運転手さんチョイスのラジオが、わりと大きな音量でかかっている。ひとりで乗っていても、なんだか賑やかな気分。

トレドのバスターミナルから市内バスに乗り換え、観光の基点となる広場へ移動する。0.8ユーロ(約105円)。威厳ある門をくぐって城壁の中へ入り、石畳の狭い坂をゆっくり上ると、そこはもう終点のソコドベル広場。バスを降りると、私はきっと空を睨んでやおら地図を広げた。今回目指すのはただひとつ、「光のキリストのメスキータ(イスラム教寺院)」だ。


地図を片手に、広場を出発。町の外郭をこのまましばらく行くと13世紀の「太陽の門」があって、そのすぐ近くに目的のメスキータがあるはずだ。坂をわしわし下りる。……あ、行き止まりだ。下を覗くと、川が流れている。どうやら、ちょうど城壁のいちばん端っこあたりに来たらしい。トレドは三方を川に囲まれた自然の要害。小粋な迂回路なんぞは、ない。泣く泣く、坂を上って広場へ戻る。あぁやっぱり、迷っちった。がっくり。

再び広場からスタート。たまたまいた警察官に道を訊き、「太陽の門」へ無事到着。そこでさらに地元のおばあちゃんに道を訊くと、なんとすぐ隣の建物を指差される。なんだ簡単カンタン、と礼を言って去ろうとしたら呼び止められた。「あのね、建物はそれなんだけど、いったんあっちまで坂を下りて、ぐーっと折り返して曲がって、そしたら階段があるからそれを右に上って……」 これじゃ、なかなかよそもんは侵入しづらいわ。1500年もだいたい首都だったトレドの町の防御力を、あらためて見直す。

そしてようやく、カオスの町トレドを象徴するかのような混乱の極みのネーミング、「光のキリストのメスキータ」に到着。ついに来たぜ、おっかさん。ちなみに母と来たときも、たどり着けなかったのよね。イスラム建築の代表的様式、馬蹄形アーチや幾何学模様が交差する建物を前に感動しつつカメラを取り出したところで、高校生の団体に囲まれた。「なにー、写真撮るのー? 俺たち、モデルやったげるよ。マドリーっ子の写真も一緒に撮れて、おねえちゃん本当ラッキーじゃん? ね、次はどんなポーズが良いーっ?」

学校の授業で見学に来たという彼らが去り、ようやく落ち着いて建物を見ようと近づくと、門には鍵がかかっている。でも、中には観光客らしいおばちゃんふたりの姿が。どうやって入ったんですかぁーっ、と声を張り上げて訊くと、顔色が変わった。「え、私たち、閉じ込められちゃってるの!? ね、あなた、助けてちょうだい!」

イギリスから来たというひとの善さそうなおばちゃんたちの苦境を見過ごしてはヤマトナデシコの股間にかかわる。とか、そういうことを言っている場合ではない。たまたま通りすがった地元のひとに事情を説明し、管理人が近くに住んでいることを教えてもらい、その住居を訪ね、出てきた老婦人と一緒にとんぼ帰り。彼女が柵の外から大声で名前を呼ぶと、建物の奥から鍵の束を持ったおじさんが出てきた。どうやらイギリス人のおばちゃんたちは、例の高校生集団と一緒に入って、置き去りにされたらしい。

管理人のおじさんに「あの、今日はもう閉まったんですか?」と訊くと、「ここは一般公開してないんだよ」とのこと。がああん。「じゃ、見学できないですよね……」 がっくり肩を落として帰ろうとすると、「ん、良いよ、入んな。特別だ」と門を開けてくれた。あぁ、なんてスペイン的に素敵なおじさん。融通がきくこと、このうえない。「あの、写真撮っても良いですか?」「あぁ写真は駄目なんだよねぇ。ま、1枚だけなら良いよ。1枚だけ、ってことで、な」 そう言うと、共犯者の顔を作って笑った。あぁ、なんてスペイン的に融通がきくの! 素敵ステキ。でも、管理人としてそれで良いのか? まぁ、いっか。ついに憧れのメスキータへ入れるんだし。やったーっ!

西ゴート族の時代、イスラム教国の時代、キリスト教国の時代、それぞれのまったく異なる建築様式がなぜかちゃんとひとつの魅力的な建物となっている、「光のキリストのメスキータ」。イスラム建築のアーチが交差する下に立って、うん、これぞトレド、と思った。

ええねん。何教でも、何民族でもええねん。異文化の共存とかむつかしいこと言わんでも、できんねん。実際に過去に、できとったんよ。トレドには他にも、金曜日にはイスラム教徒が、土曜日にはユダヤ教徒が、日曜日にはキリスト教徒が、交替で礼拝していたという教会もある。これぞ、人間の智恵やね。なんてうまくできてるんやろうか。

スペインは、国土の大半がイスラム教国によって支配されていたことがある、ヨーロッパでは珍しい国だ。もちろん激しい攻防もあったそうだけど、支配者が変わるたびに皆殺しにしてたら国としても大損失なわけで、支配者と被支配者間、異教徒間でも、なんやらどうにかうまいことやってた時期がわりと長かったらしい。トレドは、そんなスペインをぎゅうっと凝縮したような町で、宗教も建築様式もぐちゃっと混在してて、そういうところが私には堪らなく魅力的なのだ。


ゆっくりとメスキータを堪能した後、管理人さんに声をかけて外へ出る。「日本人だろ? この仕事はじめてから、日本語覚えたんだよ。『コレ、イド(井戸)、12セイキ』『コレ、ハシラ。イチ、ニ、サン……』 みんな礼儀正しいし、日本人は大好きなんだ」 そう言うと管理人、セニョール・マンサナレスは門の鍵を外した。するとそこに、観光客がふたり。「入れないの?」「ここは一般公開してないんだけど、特別に良いよ、入んな!」 セニョールに丁寧にお礼を述べると、笑いを堪えながらメスキータを後にした。なんて人間臭いんだろう。あぁ、スペインって、本当に素晴らしい!

 

 

第21回:世界遺産で迷子にならない(3)

 
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