第12回: 20歳。(前編)
更新日2002/07/11
アミーガ・データ
HN:ELISA
1981年、静岡生まれ。
2000年よりスペイン生活、現在3年目。
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あれは、4歳のときだった。ELISAはポニーが大好きだった。いま考えると、汚いし臭いと思うのだけど、祭に行くたび、親にせがんでその小さな馬の背に乗せてもらっていた。どこだかわからないけど、その日、父に手を引かれてELISAは歩いていた。「馬を買ってあげるから、スペインに残ってくれ」、たしかにそう言われた気がする。でもスペイン語で言われたはずなのに、記憶の中の父は日本語でしゃべっている。
一緒に公園に行った。真っ白い新品の靴を持ってスケートに行った。空港で、遠くのほうに小さく見える父に、「バイバイ」と手を振った。その時、ELISAは4歳。写真を撮られるのが嫌いだった父の記憶は、断片的にしかない。
ELISAは4歳で、生まれ育ったマドリードから日本へ移った。最初は日本語なんてまったくわからなかったはずなのだけど、それから通った幼稚園には楽しい思い出しかない。部活に明け暮れた小学校から高校生までも、「私、本当にラッキーだったって、最近気づいたよ」と言うほど穏やかな日々を過ごしてきた。
静岡の、田舎町。外国人なんて見たこともない。そこがELISAの育った町だ。
小学校1年生のとき、下校途中に、6年生の男子数人に囲まれた。どことなく外国人っぽい雰囲気のあるELISAは、本人が知らなくても目立っていたらしい。「『おい、こいつ、どうする?』とか話してるのが頭の上の方で聞こえるのね。もう、怖かったよー!」 家まで必死で逃げ帰った。4歳年上の姉が出て行って、彼らを追い払ってくれた。姉は、いつも気丈だった。内向的だったというELISAは、怒ることも泣くこともなく、ただ悲しい思いをかみしめていた。
中学では、3年間ずっと好きだった男の子がいた。違うクラスだったけど、とにかく格好良かった。「私、面食いだったのね。いま思うとほんっとバカじゃん? ってかんじだけど」 話したこともない男の子への恋心を知ったバスケ部の仲間が、彼に、ELISAのことどう思ってるか聞いてきてくれると言った。
部活の始まる前、静かな体育館。向こうから友達がやってくる。一目で分かるほどはっきりと暗い顔で、「ね、本当に言って良い?
」と念を押す。そんなの、最悪の話が続くに決まっている展開だ。それだけですごくショックだったけど、やっぱり知りたくて話の続きをうながした。「あのね、」 彼はこう一言、口にしたのだという。
「外人は、ちょっと……」
ELISAの母は、スペイン留学中に、カフェテリアで父と知り合った。1970年代の中頃である。それまで東京で働いていたのだが、これから語学力をつけるのならみんなが目指す英語ではなくて、世界中の多くの人口が話すスペイン語を習得しようと思ったのが、留学のきっかけだったという。
父は、バレンシア出身。ELISAは父が若い頃の写真しか見たことがないが、とてもハンサムな男性だったという。間もなくふたりは一緒になり、姉が生まれた。母の実家からは大反対を受けるなかで、駆け落ち同然の結婚だったのだろう。そうELISAは考えている。4年後にELISAが生まれ、さらに4年後、母と姉妹は父と別れて日本へ帰ってきた。
ELISAが小学校高学年のとき、友達が「ね、ELISAんちって、両親離婚してんの?」と訊いてきた。「そのとき、『あーーっ!』って思って」 はじめて、両親がただ単に別々に暮らしているのではないことに気がついた。中学のとき、離婚に関する書類を見つけた。それで、納得した。
母は父のことを語りたがらない。結婚に反対していた祖母も同じ。誰もELISAに、ちゃんとした説明はしてくれなかった。
第13回:20歳。(後編)