■くらり、スペイン~移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)


1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく!
著書『カナ式ラテン生活』。


第1回: はじめまして。
第2回: 愛の人。(前編)
第3回: 愛の人。(後編)
第4回:自らを助くるもの(前編)
第5回:自らを助くるもの(後編)
第6回:ヒマワリの姉御(前編)
第7回:ヒマワリの姉御(後編)
第8回:素晴らしき哉、芳醇な日々(前編)
第9回:素晴らしき哉、芳醇な日々(後編)
第10回:半分のオレンジ(前編)
第11回:半分のオレンジ(後編)
第12回:20歳。(前編)

■更新予定日:毎週木曜日




第13回: 20歳。(後編)

更新日2002/07/18 

アミーガ・データ
HN:ELISA
恋しい日本のもの:『車(の運転)』『音楽』
『友達』

4歳から、静岡の田舎で暮らしてきた。使う機会もなかったから、スペイン語は完全に忘れてしまった。学校行って、部活して、TV見て、恋して、完全に普通の日本生活。それでもハーフだというだけで、「ガイジン」という冷たい言葉を浴びてきた。

「『ガイジン』って言われるの、本当、キツいんだよね。あー、いま思うとトラウマになってるかも」 振り返れば、片思いしていた男の子にも、陸上大会で活躍したときも、「ガイジンじゃん」の一言で片付けられてきた。引っ込み思案のELISAは言い返すこともできず、その度に傷つき、落ち込んだ。「ハーフでいいなー。うらやましい」と言われることすら、ダメだった。外国人の血を引くという事実に、誇りを持てていなかったのかもしれない。


高校2年の3月、家で友達とホワイトデーの話をしていたときのこと。家族はみな留守だった。1本の電話が掛かってきた。ELISAが出ると、大使館からだという。父についての知らせだった。「先日、お亡くなりになりました」 目の前が、真っ白になった。

父は時折、家に電話を掛けてきていた。ELISAが取ることもある。だがスペイン語しか話せない父と、スペイン語を忘れたELISAでは、会話にならない。いつも慌てて母に代わっていた。4歳で別れてから13年間、一度も会っていない。それでも漫然と、いつかは会う日が来るのだろうなと思っていた。その淡い願いは、もう、叶わない。

母と姉と3人、もはや記憶にもほとんどないスペインへ。父の故郷であり、親類たちが住むバレンシアで10日間ほど過ごした。初めて会う親類と、母はもちろんスペイン語で話していた。8歳までスペインにいた姉も、少しはわかるようだった。だけどELISAには、まったくわからない。悔しくて、自分の殻に閉じこもった。優しい伯母が心配して声をかけてくれるが、なんと言っているか、なんと答えて良いのか、さっぱりわからない。父の国の言葉を学ぼう。このとき、留学を決意する。

高校卒業後、写真屋、お好み焼き屋、惣菜屋、鰻屋などのバイトを重ねてスペインへの航空券を買った。祖母はあの因縁の国へ行くのかと嘆いたが、母はこうなるのがわかっていたかのように、あっさりと認めてくれた。姉は、日本に住みたくないとすでにアメリカに留学中だった。こうして19歳になる直前、ELISAはバレンシアへやってきた。


バレンシアでは、親類宅ではなく、語学学校で紹介された家にホームステイをした。まったく言葉も通じない状態ではどれだけ迷惑を掛けるか、以前の経験でよくわかっていたからだ。2ヵ月後、バレンシアからマドリードに移ることを決めて伯母に告げると、彼女エンリケタは大反対した。それほど親しくしていたわけではないのに、本気で怒り、悲しんで、たくさん泣いた。10数年も会っていない親類なのに。「びっくりしたけど、うれしかったー!」 それ以来エンリケタとはよく電話をするようになり、バレンシアまでちょくちょく会いに行くようになった。「パパ、ありがとう」 ふと、そう思う。

マドリードでは、アパートをシェアーして住んでいる。彼女を含めて5人のメンバーは、スペイン人、フランス人、ペルー人など。なにか問題があったとき、黙っていると自分が嫌な思いをするだけなのがわかってからは、思っていることをできるだけ言うようにした。そうしたら、言いたいことが言えない自分、内向的な自分、ハーフの自分、日本では嫌いだった自分のことが、少しだけど好きになれたような気がする。


彼女はいま、二重国籍を持っている。日本人であり、スペイン人でもある。とはいえ、4歳からずっと過ごした日本が、間違いなく彼女の故郷であると感じている。その一方で、この先日本に帰るかどうかは、まだ決めかねている。いま日本に帰っても、何もない。できれば語学力をつけて、それを活かした職に就きたい。それに、もし日本に帰らなかったら、祖母はとても嘆くだろう。

日本の同級生は、ちゃんと働いて年金を自分で払っている。「なのに私はたいへんだたいへんだって言っても、お母さんに仕送りしてもらってる」 苦労してきた親に負担をかけたくないから、いますぐにでも仕事をはじめて自活しようかと思う。その一方、スペインにいるうちはしっかり勉強をするべきなのかとも思う。どうすればいいのか、わからない。焦りばかりを感じてしまう。

父のことを語りたがらない母や祖母は、結婚式の写真も見せてくれない。姉も、厳格だった父にあまり良い思い出はないという。しかしELISAの断片的な記憶の中で、父は、優しい。スペインに来てからは「パパに守られている」と思うことも、たびたびある。ただ、それでもELISAは、絶対に国際結婚はしないと言う。「そんなのうまくいくわけない」、苦しそうに、いつも言う。

20歳。勉強か仕事か、将来の夢か現在の自立か。恋愛。国籍。家族。悩むことはいっぱいある。それでもELISAの表情は明るい。いまは自分のことがだいぶ好きになれた。ガイジンなんて言うバカな野郎の言葉にも、もう傷つかない。ハーフっていいじゃん、そう思えるようにもなった。

これからは、ELISAがELISAとして自分で選択した人生を生きていくのだろう。彼女が繰り返して口にした「せっかくもらった命だから」という言葉。そう、だから強く、楽しく、生きて欲しい。ただの語学学校のクラスメートの私にはなにもできないけれど、願わくば、彼女の行く先に幸福な出会いが多く訪れますように!

 

 

第14回:別嬪さんのフラメンコ人生(前編)

 
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