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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第434回:プリンセスの秘密 - 北近畿タンゴ鉄道 宮福線 2 -

更新日2012/08/09



北近畿タンゴ鉄道宮福線は、宮津と福知山を結ぶ路線である。ふたつの駅名の頭文字をとって宮津線。昔ながらのそっけない名前である。この路線には大阪や京都からJRの特急列車が乗り入れて、天橋立地域と結んでいる。だから最近のはやりのように「天橋立ライン」とでも愛称を付ければいいと思う。天橋立を沿線に持ちながら、北近畿タンゴ鉄道は全国一の赤字第三セクター鉄道となっている。いろいろと惜しい。

第三セクター鉄道は国鉄の赤字路線を引き受けた会社が多い。しかし、宮福線は建設途中で未開業の路線だった。半分以上造ったけれど、使わずに廃止とはもったいない。ならばと自治体が第三セクターの宮福鉄道を作って建設を続行し、開業させた。その後、国鉄の宮津線も廃止にすると決まったため、こちらも引き取って北近畿タンゴ鉄道となった。


宮福線の車窓。大江山は反対側……

宮津線も宮福線も、天橋立へ、人口約2万人の宮津へのアクセス路線として重要だ。特に宮福線は大阪への最短ルートである。観光路線として期待できる。しかし、もうひとつ残念なことに、景色はあまり期待できなさそうだ。近代的ローカル線として高速化が重視され、トンネルが多いからである。

それでも宮福線は「丹後天橋立大江山国定公園」をつらぬく路線であるし、景勝であり酒天童子伝説のある大江山をチラチラと眺められるかもしれない。もっとも、大江山は雲海の名所。雲海が現れた時の車窓は雲の下なわけで、連峰の頂を拝むわけにもいかない。さて、どんな景色だろうか……と思うわけだけど、私は景色どころではなかった。なにしろ隣にプリンセスがいらっしゃる。美人として選ばれた人である。自称美女ではなく、ホンモノである。

人見知りなんですよ。と彼女は言うけれど、なかなかどうして会話は上手である。私はおそらく、彼女の父親と同世代である。そんなオヤジに対して、こちらの言葉をふわりと受け止め、柔らかく返事を返してくる。気分をよくしたオヤジは、なるべく彼女の気分を害さぬようにと気を配りつつ、彼女の趣味などに話を展開していく。ちゃっかりとTwitterのIDも交換する。そのIDから検索して、彼女のブログを探し当てた。

「いまの私と全然違うから驚かないでくださいね」

ほんとうだ。全然違った。写真の人物は男装の麗人であった。アニメのキャラクター、次はゲームの登場人物。もちろん女性のキャラクターもあった。アニメの画面か飛び出したような姿である。プリンセスの主な活動は、コスプレイヤーさんであった。

「ヘンですよねぇ、こんなの」と彼女は言う。いやいや、このオジサンは他のオジサンとは違い、この手の趣味には理解があるのですよ。なにしろゲーム雑誌の広告担当出身のフリーライターですよ。名刺を渡す。彼女のiPhoneを借りて、私の記事を表示して返す。もっとも、最近はゲームの仕事はご無沙汰している。見せたページは鉄道のコラムだった。話を合わせておいてゲームの仕事がない。こっちこそ恥ずかしい。


プリンセスにサヨナラ

話が盛り上がったけれど、惜しむらくは、彼女と私が知っているゲームやアニメが異なっていた。世代の差である。流行りのアニメやゲームは知っておかなくちゃいけないなと反省する。こんな楽しい時間が、残酷にも終わってしまう。車内放送。もうすぐ列車が福知山駅に到着する。お別れの時間である。

いや、私は青春18きっぷを持っているから、このまま彼女と旅を続けても……おっと、やめておこう。引き際を知らぬ男はカッコ悪い。これまでに何度も後悔したではないか。ここはきっぱりとお別れを言う。年の功である。次に会う機会はないかもしれないけれど、Twitterでつながっている。


本来の鉄道趣味に戻った

ホームに降りて、彼女に「お元気で」と言った。ちょっと不思議そうな表情をした。ホームからコンコースへと、向かう先は一緒だ。しかし私はホームにとどまった。いま乗ってきた電車の写真を撮りたくなった。列車から降りて、私は自分の旅を取り戻した。宮福線の景色は覚えていないけれど、そこに後悔はなかった。機会があれば、また乗りに来ればいい。別の出会いがあるかもしれない。


電車同士の濃厚なキスシーン

今夜の宿は駅のすぐそばだった。駅前広場から通りに入ってすぐの場所。インターネットで予約した。投稿情報によると、ホテルチェーンではなく、家族経営とのことだった。間口の小さな宿で、喫茶店かと思っていったん通り過ぎた。ここかと思って入りなおし、フロントで女主人らしき人に応対してもらう。


福知山駅

宿代を払っていると、喫茶スペースで男たちが大きな声を出している。ご近所の寄り合いで、何か揉めているといった感じだ。その中に女主人の旦那さんもいるのだろう。なるほど、家族経営らしい雰囲気であった。

最も安い部屋を予約したけれど、ツインルームからベッドをひとつ撤去したような、広いシングルルームだった。荷物を置き、充電器をコンセントに繋ぐ。17時30分。外はまだ明るい。晩飯と、その前に散歩でもしようかと部屋を出た。フロントのまわりは静かになっていた。女主人に散歩コースのおすすめを聞くと、お城でしょうかねぇ、と言った。


道すがら、地方裁判所に梅が咲いていた

のんびり歩いて、30分ほどで城址公園に着いた。ひとめぐりしてホテルに戻る。まだ空が明るい。もう一度宮福線に乗って景色を見てこようか。いや、せっかく美女と思い出ができたというのに、いますぐ別の景色で上書きしたくない。それより空腹だ。駅周辺を歩きまわる。意外と洒落たレストランやケーキ屋などがある。入りづらい。ひとりでも入りやすそうな店は海の幸がおすすめ、敬遠する。駅の反対側に出て少し歩き、国道沿いのラーメン屋に入った。私好みのとんこつ味であった。


福知山城


若い店員たちが元気なラーメン屋だった

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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