第35回:ベトナム、スリの女の子
更新日2002/11/14
ベトナムは小さな子供、特に女の子のスリが多いことでも知られている。ホーチミンの観光名所でもあるベンタイン市場では、外国人を見ると子供たちが群がってきてはお店に案内する。ガイド料?を要求したり、隙を見せるとズボンのポケットに手を入れてきたりするのも珍しくない。
そんな中、安宿街のカフェでコーヒーを飲んでいると、8歳ぐらいの女の子が隣に座ってきた。英語が通じないので、身振り手振りで何気ない話をしているうちに、女の子の手はズボンのポケットに。手を払いのけると、女の子は何事もなかったようにその場を立ち去った。
ことの一部始終を見ていたカフェのスタッフが、申し訳なさそうに説明してくれた。
「あの子は近所に住んでいて、ときどき隙をみてはスリをするのよ。この辺りでは、特別に珍しいことでもないのよ。困ったことだけど、お金がなくて小学校にも行ってないようだし、みんな黙認しているわ…」
そんなことがあってから、その女の子ともたびたび顔を会わすこともあって、いつしかすっかり顔なじみになった。
ある日、「コーヒーをご馳走するよ」と言うと、「私はミルクがいい」と言う。店内で一緒に飲んでいると、口をつけただけでグラスをもって外に走って行った。唖然としていると、店のスタッフが大丈夫といった感じで笑っている。
「すぐに戻ってくるから、気にしなくていいわよ。あの子には小さな赤ん坊の妹がいるから、家に戻ってミルクを飲ませるのよ、きっと…」
しばらくすると、女の子は戻ってきた。
「赤ん坊にミルクをあげてきたの?」
「そうよ。今度家に来ない? お母さんに会わせたいわ」
それからしばらくして、ミルクを買って女の子の家を訪ねてみた。家は六畳一間ほどの広さ、やせ細ったお母さんが迎えてくれた。家具らしきものは何もない。
「今晩、泊っていきなよ」というので、「どこに寝るんだい」というと、家の中は暑いので外で寝ているという。といっても、アジアの国々では家の軒下などで寝るのも珍しくない。ここホーチミンでも外で寝ている姿をよく目にするものの、決して暑いだけが理由ではなくて、一部屋に5人、6人と暮らしている住宅事情の悪さも手伝っている。
スリの女の子と知り合ってからすでに数週間。ある日、その女の子の友達たちと一緒に公園に遊びに行った。遊んでいる様子は無邪気そのもの。カフェでポケットに手を入れてきたのは、単にふざけていただけかもしれない。そんな思いになっていたものの、数時間後には見事に裏切られた。
遊び疲れてベンチでぐったりしていると、女の子の手がいつしかポケットの中に。その手を押さえながら、残念そうに言った。
「俺と君とは友達じゃないのか? まだそんなことをするのか?」
「何で悪いの、外国人はお金持ちじゃない」
女の子は、数週間前と同じように、何事もなかったかのようにその場を立ち去った…。
→ 第36回:テニアンの日本人