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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと
 

第420回:流行り歌に寄せて No.220 「三百六十五歩のマーチ」~昭和43年(1968年)、「真実一路のマーチ」~昭和44年(1969年)

更新日2021/05/20


このコラムの、ちょうど10回前(佐良直美さんの項)にやらせていただいたことを、もう一度行ないたいと思います。以前ご紹介し忘れていた曲との2曲のカップリング掲載です。

今後はこのようなことがないように充分注意する所存ですが、最近とみに物忘れがひどくなってきておりますので、また繰り返すようなことがあってもどうぞご容赦くださいと、予め弁解させていただいておきます。

昭和43年11月リリースの『三百六十五歩のマーチ』の譜面を最初に渡された時、水前寺清子が拒否をしてレコーディングをしたがらなかった、というのは今ではかなり有名な話である。

日本人の心を演歌で表現してきたと自負する彼女にとって、「ワン・ツー」などと英語で叫ぶ歌詞を歌わされるのが耐えられなかったのだという。「小学校の運動会の行進曲みたいなのを、なんで私が?」という思いだったのかも知れない。

その頑なな気持ちを、作詞家の星野哲郎が何とかなだめ、彼女もレコーディングに応じるが、マーチではあってもせめてもの抵抗として随所に小節を利かせ、演歌調で歌ったと資料には書かれている。

今考えてみると、その「せめてもの抵抗」を彼女がすること自体、制作者側の狙いであったという気がする。『三百六十五歩のマーチ』は、ある年齢以上の人々には知らない人がいないほど大ヒットをして、100万枚を超えるセールスを記録し、彼女の代表曲となった。

10年以上後に「チータはデビュ−5年後ともなれば大きな壁にぶつかるだろう。大勢の人が口ずさめるマーチのような曲を歌って、新しい境地を開いてもらおう」という星野の思いを伝え聞いた水前寺は、レコーディングを拒否するような自分の未熟さを心から悔いて、感謝の思いでいっぱいになったという。

「演歌」。作家をはじめ多くの人たちは、それをいろいろな字に変えてみるのが好きだ。五木寛之は前回の藤圭子の『新宿の女』を聴いて「怨歌」だと評した。藤あや子の醸し出す雰囲気から、彼女の曲を「艶歌」だと唱える人がいる。

そして、星野哲郎は水前寺清子の曲を「援歌」だと言うのである。


「三百六十五歩のマーチ」  星野哲郎:作詞  米山正夫:作曲  小杉仁三:編曲  水前寺清子:歌


しあわせは 歩いてこない 

だから歩いてゆくんだね

一日一歩 三日で三歩 

三歩進んで 二歩さがる

人生は ワン・ツー・パンチ

汗かき べそかき 歩こうよ

あなたのつけた 足あとにゃ 

きれいな花が 咲くでしょう

 

*腕を振って 足をあげて

ワン・ツー・ワン・ツー

休まないで 歩け

ソレ ワン・ツー・ワン・ツー

ワン・ツー・ワン・ツー*

 

しあわせの 扉はせまい

だからしゃがんで 通るのね

百日百歩 千日千歩

ままになる日も ならぬ日も

人生は ワン・ツー・パンチ

あしたのあしたは またあした

あなたはいつも 新しい

希望の虹を だいている

 

(*くり返し)

 

しあわせの 隣りにいても

わからない日も あるんだね

一年三百六十五日

一歩違いで にがしても

人生は ワン・ツー・パンチ

歩みを止めずに 夢みよう

千里の道も 一歩から

はじまることを 信じよう

 

(*くり返し)

 

 

「真実一路のマーチ」  作詞・作曲・編曲・歌ともに同上


この世は長い 坂道だけど

長さじゃないよ 人生は

真実一路 生きたなら

短くたってかまわない かまわない

 

タンバリンリンリン タンバリン

タンバリンリンリン タンバリン

鈴を鳴らそう 愛の鈴を

タンバリンリンリン タンバリン

タンバリンリンリン タンバリン

元気で歩こう

タンバリン タンバリン タンバリン

 

ゆるんだ靴の ひもしめながら

しみじみ仰ぐ 青い空

幸福なんて 言うやつは

空から降っちゃこないのさ こないのさ

 

*タンバリンリンリン タンバリン

タンバリンリンリン タンバリン

鈴を鳴らそう 夢の鈴を

タンバリンリンリン タンバリン

タンバリンリンリン タンバリン

みんなで唄おう

タンバリン タンバリン タンバリン*

 

(*くり返し)

タンバリン タンバリン タンバリン

タンバリン!!


『真実一路のマーチ』は、『三百六十五歩のマーチ』から数えて6枚目のシングル。大ヒット曲の発売から約1年後の、昭和44年10月に、同じメンバーが再会しリリースされた。

この頃になると、ファンは水前寺のマーチにもうすっかり馴染んでおり、ステージで水前寺が「この世は長い」と歌うと、客席から「チータッ!」の合いの手が入る。「坂道だけど」「チータッ!」である。そして「タンバリンリンリン タンバリン タンバリンリンリン タンバリン」で、大きな大きな手拍子が起きる。水前寺清子、絶好調。満面の笑みで歌い上げるのだった。

さて、この曲が歌われてから1年半くらい経って、高校に入った時分のことだったか、「時にはこういうものも読んでみたらどうだろう」と父が私に一冊の新潮文庫を与えてくれた。山本有三の『真実一路』である。

最初に父から受けた本格的な小説本であり。このことは時々思い出すのだが、今回の『真実一路のマーチ』と結びつけて考えたことは、今まで一度もなかった。ところが、この小説の表題の横に書かれた言葉を今回思い出して、不思議なことに気がついた。

その言葉は「真実一路の旅なれど 真実、鈴振り、思い出す」、今でも諳んじている言葉で、実はこれが北原白秋の詩『巡礼』から山本有三が引用したものである。

 『真実一路のマーチ』には「鈴を鳴らそう愛の鈴を」「鈴を鳴らそう夢の鈴を」という歌詞がある。巡礼者が鈴を振って旅ゆく姿を、そして白秋の詩をイメージした上で、星野哲郎はこの詞を書いたのではないだろうか。巡礼者の孤独と哀しみを理解した上で、それでも人が生きてゆく姿にエールを送りたいという思いから「援歌」を書いたということかもわからない。

偉大な曲の作り手に恵まれた水前寺清子は、『真実一路のマーチ』を歌ってから半年後の昭和45年4月、今度はTBSドラマ『ありがとう』の主役に抜擢される。この番組は平岩弓枝・原作、石井ふく子・制作の最高50%を超える高視聴率番組で、彼女は歌手としても女優としても、たいへんな人気者になっていくのである。


 

〈お詫びと訂正:前回掲載した「新宿の女」の歌詞の書き終わりから数えて下10行目の「同じ石坂門下で」は、「同じ石本門下で」の誤りでした。申し訳ございません。お詫びして訂正いたします。 筆者〉※本文訂正済

 


第421回:流行り歌に寄せて No.221 「ひとり寝の子守唄」~昭和43年(1968年)


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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