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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第464回:母の日の起源とコマーシャリズム

更新日2016/05/12



聖母マリア信仰は、主にカトリックですが、本尊のキリストを追い抜いて、一番あがめ奉られることがママあります。スペイン、イタリア、フランスの寺院でも、キリストを生んだマリアの方がキリストより幅を利かせていて、絵や彫刻の数ではマリアが優勢勝ちです。

マリアは描かれ、彫られたその時代と地域を反映し、その時の一番の美人であり、理想的な母親像として作られています。何時の時代にも共通していることは、キリストを生んだばかりのマリアも、キリストが死んだとき悲嘆にくれるマリアも同じ歳のように描かれていることです。

キリストが処刑されたのは彼が30歳前後ですから、マリアも30年の歳月を体に蓄え、皮膚に現れていて当然なのですが、デブでシワクチャのマリア像は存在しません。母親の愛情は子供がいくつになっても変わらない、普遍的なものだという象徴なのでしょう。

そんな感情は人類全体の共通する感情ですから、もちろん母親から生まれなかった人はいないのですから、なんとなく母の日は大昔から、カトリックのマリア信仰に近い形で生まれたものだ…と思っていました。ところが、どうも起源は各地にそれぞれたくさんあり、ギリシャの女神から大地の豊穣女神説まであり、母の日の起源を絞ることは不可能なようなのです。

ですが、今のように盛大に、誰でも"母の日"と言い出したのは、つい最近のことです。言い出しっぺはアメリカ人のアンナ・ジャーヴィスさんで、しかも1908年になってからのことでした。いかにもアメリカ的に、1914年にウィルソン大統領が5月の第2日曜日を母の日に制定し、国家公認の祭日にすると宣言して、アンナさんの"母の日"設定運動を認めた形になりました。

何でも即コマーシャリズムに走るのがアメリカの特徴ですが、母の日が設定されるや否や、花屋さんやホールマークなどのカード会社が乗り出し、化粧品会社、宝石屋さん、装飾品屋さんなどが、こぞって母の日商品を販売し出したのです。 

アンナ・ジャーヴィスさんは、ホントウに記念の花束やカード、プレゼント産業にスポイルされたあり方を嫌っていたのでしょう、そんなコマーシャリズムに踊らされる母の日はいらないと、今度はアメリカの議会に対して、母の日を取り消す運動をしています。ですが、一旦、ウマイ儲けを味わった花屋チェーンやカード会社は、圧力団体を議会に送り込んで母の日取り消し運動を潰しています。

日本へは、アンナさんから、青山学院の同派のシスターに母の日推進のメッセージが送られ広がって行ったようです。日本では、それ以前に皇后陛下の誕生日である3月6日を母の日と制定していましたが、一般には広がらず、今みたいに、花か何か贈りモノをしないと"親不幸者""裏切り者"的な感覚が広がったのは、アメリカ軍が日本を占領してからのことです。まず、アメリカナイズされたがっていた戦後の日本人の間に定着したのでしょうね。 

5月の第2日曜日というのもアメリカと仲のいい国だけのことで、世界中それぞれテンデバラバラ、恐らく30くらい違った日を母の日にしています。 

それだけ、母親の愛情は世界中どこに行っても変わらない広く深いものだと言えます。モノ、花やカードもモノですが、を贈るのは簡単なことです。普段、母親に何もしていない放蕩息子、娘がインターネットで花束を年に一度オーダーし、贈るのは免罪符に似ていなくもありません。

私も、コマーシャリズムに上げ足を取られているような記念日のあり方には大反対です。一方で、カーネーションを贈るというような安易なコマーシャリズムに乗らなかったら、母の日はこれほど広がらなかったことは確実でしょうけど…。

商魂たくましい"記念日産業"に乗せらるようにして、次々とナントカの日が生まれました。6月第3日曜日の"父の日"(これもウイルソン大統領のお声がかりです)、"両親の日"(7月第4日曜日)、"友情の日"(8月第1日曜日)、"お爺さんお婆さんの日"(9月第2日曜日)、"秘書さんの日"(4月第4水曜日)、もちろんそれにプレゼントショーバイにとっての一大イベント、"クリスマス"と"ヴァレンタインデイ"があります。

アメリカは離婚率が異常に高いので、その内、別れた奥さん、ダンナさんの日とか、再婚した相手のお舅さんの日なんてのができるかもしれません。

ユネスコが設定し、ユネスコ加盟国がそれぞれお国の事情を反映しながら設けている記念日があります。全世界が記念日として何らかのお祝い、行事をしているのに、日本には全く知られていない、10月5日は何の日でしょうか? 

"教師の日""先生の日"なのです。先生を尊敬する伝統文化が強い日本で、"先生の日"は意図的に無視されているとしか思われません。ウチのダンナさんによれば、「日教組を目の敵にしている文部省、お役所としては、あえて敵に花を贈るようなことはしないんだろうな…」とのことで、部外者、外国人には理解しにくい説明です。

私自身、人生の大部分を教師として過ごしてきましたが、特別に設けられた"教師の日"に生徒さんから花やカード、プレゼントをもらいたいとは思いません。教師にとって、生徒さんが、一歩でも前に進むように勉強してくれるだけが、最高で唯一のプレゼントなのですから。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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