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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第714回:総合雑誌とクオリティー誌

更新日2021/07/01


アメリカの新聞は、基本的に地方紙です。『USA Today(USAトゥデイ)』や『Financial Times(フィナンシャル・​タイムズ)』など、全米新聞もありますが、『USAトゥデイ』は一日遅れのダイジェスト版新聞ですし、『フィナンシャル・​タイムズ』も特殊な層だけが購入する経済紙で、両方とも飛行機で無料で配られるタグイの新聞です。有名な『The New York Times(ニューヨーク・タイムズ)』や『The Washington Post(ワシントン・ポスト)』も、ニューヨーク市、ワシントン市のローカルな地方紙で、発行部数も日本の3大紙、読売、朝日、毎日新聞に比べるとお話にならないくらい少部数です。

国が広く、時差が4時間もあるので、全国一斉に新聞を発行、販売するのが不可能に近いせいでしょうか、その分やたらと地方紙が多く、私が働いていた人口10万人の町にも一丁前の新聞が一紙、発行されています。他にも週刊の大学新聞があります。広告だけで成り立っていた新聞は週末だけになり、時機に潰れてしまいました。

テレビのニュースとインターネットの広がりで、紙にプリントされた新聞離れが始まってから久しくなります。2000年から今まででも、全米で7,000もの新聞が廃刊になっています。

そして週刊誌があります。アメリカを代表すると思っていた写真満載の『LIFE(ライフ)』が廃刊になり、一番売れていると思っていた『Newsweek(ニューズウィーク)』も潰れ、ニュース誌受難の時代になったのです。 

ダンナさんのお姉さんが送ってくる日本の文芸誌『文芸春秋』、こんな分厚い総合雑誌のようなものはアメリカに存在しないと思います。『文芸春秋』はまずページ数が400~550頁内外もあり、覗き見してみると、カラーグラビア、時の首相自身の評論、癌や老人病の対策、そして必ず皇室の話題、そして年に2回ある芥川賞の選考と受賞作の全文掲載、連載小説、と呆れるくらいのゴッタ混ぜなのです。

ダンナさんによれば、『文芸春秋』はサラリーマンが通勤電車の中で読むための編集方針で、相当保守的な雑誌だ…そうですが、ともかくその分厚さと発行部数の多さに圧倒されてしまいます。他の雑誌、『中央公論』『世界』『新潮』『文芸』など、いずれもボリュームのある雑誌です。それに膨大な数の週刊誌があります。相当エログロのものから新聞社が出しているマジメ風なものまで、一体幾つ出されているのでしょうか。更にそれに加え、圧倒的に発行部数が多いのは漫画雑誌でしょう。『少年マガジン』『少年ジャンプ』『少女コミック』などなど、純文学に携わっている人の目から見ればまさに天文学的発行部数です。漫画新聞でも発行すれば、新聞社の危機を回避できるかもしれませんよ。

ニューヨーク、シカゴなど、例外的な大都市ではありますが、全般的に言って、アメリカの新聞雑誌は宅配です。駅のキオスクで買い、通勤電車の中で読むように社会ができていません。正確な数字は分かりませんが、おそらく90%以上の購読は年間契約で郵送されていると思います。それに年間購読すると、送料込みで60~80%割り引きにもなるのです。

大手の週刊誌『TIME(タイム)』でも54週で年30ドル内外です。発行部数だけは一番多いと思われる、なんか老人向けの雑誌になってしまった『Reader's Digest(リーダーズ・ダイジェスト)』で年12冊、10ドルほどです。ですから、アメリカで雑誌を売り込もうと思うなら、定期購読者をしっかりと捕まえなければなりません。総合雑誌をキオスクやコンビニで売るようなわけにはいかないのです。

総合雑誌がない代わりに、極々狭い分野に焦点を絞った月刊誌がたくさんあります。ダンナさんが一時期のめり込んでいた、西部開拓時代のガンマン、シェリフ、アウトロー関連の雑誌は10誌に余るほど出ているのに呆れ返ったことがあります。それに武器、ライフル、ピストル、骨董的な鉄砲、弓矢、ハンティングを加えると30誌は出ているでしょうか。狭いマニアを対象にした雑誌の方が、毎日発行している新聞よりもはるかに根強いようなのです。

日本の総合雑誌に近いモノを挙げるとすれば、かろうじて『The New Yorker(ザ・ニューヨーカー)』が引っ掛かるでしょうか。丁寧な追跡記事、文学作品、詩、展覧会の紹介、そして有名な書評があります。『ニューヨーカー』の書評で取り上げられるだけで、その本の売り上げが2桁違ってくると言われるほどのもので、権威がムンムンと漂っています。ですが、演劇、ミュージカル、展覧会などの紹介は、ニューヨーク市に限られていますから、田舎に住んでいる私たちには縁のない記事です。それに加えて、一コマ漫画があります。それだけが『ニューヨーカー』の価値だと言う人もいるくらいです。

文芸、文学雑誌には、1850年創刊の『Harper's Magazine(ハーパーズ・マガジン)』があります。文学や詩だけでなく、たとえば今年の3月号の特集はフェデリコ・フェリーニについて、マーティン・スコセッシ(Martin Scorsese)が写真入りで長文を寄せています。

未だにインターネット・ニュースに馴染めず、活字人間のウチのダンナさん、そんな雑誌が、私の友人や親兄弟から月遅れで回ってくると、一心不乱になります。

ピューリツァー賞は、ジョーゼフ・ピューリツァー(Joseph Pulitzer)自身が新聞人でしたから、元々新聞ジャーナリズムに対して設けた賞です。今ではむしろ文学賞としても有名ですが。ピューリツァーはハンガリーからの移民で、母国語であるハンガリー語、そして若い時分に受けたドイツの教育のせいで、2番目はドイツ語、英語は3番目の言葉でした。セントルイスで彼が最初に発行した新聞もドイツ語でした。人間の能力がどこまで伸びるものかを証明するかのように、優れた英語を駆使するようになり、ニューヨーク市で『New York World(ニューヨーク・ワールド)』紙を発行し、大成功を治めました。

彼が残した財団で、現在、アメリカ最高といわれるピューリツァー賞、ジャーナリズムと文学賞が設けられたのです。また、彼は現在のコロンビア大学ジャーナリズム大学院を設立してもいます。

1900年前夜のことですが、フランスがアメリカの独立記念として“自由の女神”をプレゼントしてくれたのはいいのですが、あんな大きな像を乗せる土台、そしてバラバラに船積みされてきた女神をもう一度組み立てる費用をアメリカ政府が予算を組めないうえ、財閥たちもそんな費用を出そうとしませんでした。フランスからの迷惑な粗大ゴミが届き、処理に困った、そんな迷惑な話で終わりそうな気配だったのです。

そこでピューリツァーさん、自分の新聞で義援金を募ったのです。たとえいかに小額であろうと、寄付してくれた人の名前は必ず新聞に載せるというキャンペーンを張ったのです。中には、「私は6歳の少女です。お小遣いの中から25セントを送りますので、“自由の女神”建立に役立ててください!」といったメッセージがそのまま『ニューヨーク・ワールド』紙に載せました。このように義援金を出してくれた人の名前だけでなくコメントも載せ、合衆国政府が出し惜しみした建立費用を集めることに成功したのです。

これなど、その当時の新聞と読者の結び付きの強さをよく表していると思います。そのおかげで、現在、アメリカのシンボルにまでなっている“自由の女神”がニューヨーク港の入口で観ることができるのです。

少し、“自由の女神”のことが長ったらしくなってしまいましたが、その時代には新聞の持つ影響力がとても大きかったと言いたかったからです。今、クオリティー紙といわれる『ニューヨーク・タイムズ』とか『ワシントン・ポスト』にしても、ピューリツァーさんが張った“自由の女神”建立キャンペーンほどの影響力は持たないでしょう。第一、そんなクオリティー紙に目を通す人は極々限られた知的エリートだけになってしまいました。そして、自分の見たいことだけ、知りたいことだけをインターネット、YouTube、Twitterで見る、読むという社会現象が幅を効かせてきました。

無責任放題的なTwitterが言論界だけなく、政治そのものをダメにしている…と言い切ってもよいとさえ思うのです。古臭いと思われるでしょうけど、紙に印刷した著名入りの記事を新聞、雑誌で読むことは、健全な社会を築くことに欠かせない条件だとまで思います。

-…つづく

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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