■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から


Grace Joy
(グレース・ジョイ)




中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。



第1回:男日照り、女日照り
第2回:アメリカデブ事情
第3回:日系人の新年会
第4回:若い女性と成熟した女性
第5回:人気の日本アニメ
第6回:ビル・ゲイツと私の健康保険
第7回:再びアメリカデブ談議
第8回:あまりにアメリカ的な!
第9回:リメイクとコピー
第10回:現代学生気質(カタギ)
第11回:刺 青
第12回:春とホームレス その1
第13回:春とホームレス その2
第14回:不自由の国アメリカ
第15回:討論の授業
第16回:身分証明書
第17回:枯れない人種
第18回:アメリカの税金
第19回:初めての日本
第20回:初めての日本 その2
第21回:日本道中膝栗毛 その1
第22回:日本道中膝栗毛 その2
第23回:日本後遺症
第24回:たけくらべ
第25回:長生きと平均寿命
第26回:新学期とお酒
第27回:禁酒法とキャリー・ネイション
第28回:太さと貧しさ
第29回:外国生まれ
第30回:英語の将来 その1


■更新予定日:毎週木曜日

第31回:英語の将来 その2

更新日2007/10/04


いまどきクイーンズイングリッシュを話すのはBBCのアナウサーだけだと言われてから、もう何年も経ちました。一昔前まで、一般にスタンダード・イングリッシュというモノがあり、それに沿って学校で勉強し、そこから外れた英語は間違った悪い英語だと考えられてきました。テレビやラジオのニュースアナウサーの言葉、少し範囲を広げて家族向けのテレビドラマのなかで使われる英語だけが正しいとされてきました。 

学校で習った折り目正しい英語は、本人の教養の高さのバロメーターであり、入社試験の面接では、間違っても田舎弁丸出しの方言混じりで応対してはならず、スタンダード・イングリッシュだけが受け入れられるとみなされてきたのです。方言は方言としてその存在は認めるが、一般的な社会的地位を得ていなかったのです(また、日本のことに気が行ってしまいますが、面接のとき分かりにくい鹿児島弁や広島弁で応答しても減点にはならないのかしら。だったら良いのですが…)。

英語のなかでも米語には、とりわけ方言とは呼べない、人種的なあるいは階級的な言語の違いがあります。ブラック・イングリッシュ、スパングリッシュ(スペイン語系の人々が話す米語)ゲイ・イングリッシュ、ヒップホップ・イングリッシュなどです。彼らが使う言語は、単語も違えば、同じ単語に新しい全く違った意味を持たせて使ったりもします。それぞれが一つの文化背景を背負って言語を使っているのですから、それらが一概に間違った英語の使い方だとは言えません。

米語は大きく分けて三つの分野から変わりつつあると思います。第一は、アメリカの民族人種分布が急激に変化しており、当然言語も変わってきていることです。ゲルマン民族の大移動を例に持ち出すまでもなく、その土地に移動して来て住みつけば、当然その土地の言葉からも強い影響を受けます。イベリア半島を長年支配したアラブ人たちは、スペイン語のなかに30%以上といわれるアラビア語を残していきました。

第二は、技術革新がもたらす影響です。主にコミュニケーションの手段の変化に伴う言葉の使い方の変わり様は著しいものがあります。グーテンベルグが言語に及ぼした影響以上に、今起こりつつあるインターネット言語、ワープロ言語は私たちの言語生活に深く入り込み、言葉を大きく変えつつあります。

第三は、二番目と重なりますが、世代の相違、特に若い世代のヒップホップ・ジェネレーション言語による変化です。黒人が(アフリカンアメリカンと呼ばなくては、アメリカではバッシングを受けてしまいますが)ラップやヒップホップ文化で使っている言葉は、下町に住む狭い黒人の間だけで使われる符丁ではなくなってきています。白人もラテン系のアメリカ人の中にも話し方や声だけ聞くと黒人と区別がつかない若者が沢山います。もちろんこれはまだ若者の間だけのことですが。

そこで、まず第一番目のスペイン語、主にメキシコ人が話す米語への影響についてですが、スペイン語系の人たちは、アメリカで1990年に人口の8%でしたが、2050年には26%になる見込みで、増加率は250%にもなります。1990年と2000年の国勢調査で、その10年間にアメリカに住むメキシコ系アメリカ人は58%も増加しています。今ではアメリカ人の10人に一人はスペイン語を話していることになります。そして2050年には4人に一人がメキシコ系のアメリカ人でスペイン語を話すことになります。このような民族移動が行われつつある状況でメキシコ系の人々は米語に大変な影響を及ぼしています。

日本でも特に戦後外来語が氾濫し、きちんとした日本語の訳語があるのに英語、フランス語、ドイツ語が日本風の発音で日常的に使われるようになってしまいましたが、米語においてもメキシコ系の人たちが持ち込んでくる感情豊かで色彩溢れる表現は米語の中にすでに沢山入り込んでいます。私たち夫婦もチョット険悪なムードになり、口喧嘩をするときにはスペイン語が飛び出してきたりします。

テレビ番組や映画のなかでスペイン語が混ざることはもう珍しくありません。シュワルツネッガー(現カルフォルニア知事)は、俳優時代に強いドイツ語訛りで「アスタ・ラ・ビスタ・ベイビー」(Hasta la vista, Baby!)とスペイン語と英語を一緒に使う、名(迷)せりふを"締め"に使い人気を博しました。多くの政治家も、人気取りのためにメキシコ系住民の多い地区に行くと、盛んにスペイン語を演説の中に混ぜています。ブッシュ大統領も(英語でさえ満足に話せない、と言う人もいますが)スペイン語を演説のなかに入れたりしています。

メキシコ系の人々が話す米語をスパニッシュとイングリッシュをつなぎ合わせ、スパングリッシュ(Spanglish)と呼んでいます。スパングリッシュは正しい英語を学ばない、教養のないメキシコ人が底辺で使うだけの間に合わせの符丁で、とても言語とは言えないという人も沢山います。しかしスパングリッシュで生活し、スパングリッシュを唯一のコミュニケーションの手段としている人が何百万単位で居るとなると、言語として無視することはできません。

アメリカで一番大きなカード会社、ホールマーク社でもスパングリッシュのクリスマスカード、誕生カードなどを大量に販売しているし、テレビや映画でもスパングリッシュが抵抗無く使われるようになってきました。

スパングリッシュの辞書もあり、世界の名作文学もスパングリッシュに翻訳されています。初めからスパングリッシュで書かれた本も数多く出版されています。

アメリカの中に独自の言語を持った、一つの文化が生まれつつあると言ってよいでしょう。

 

 

第32回:英語の将来 その3