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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第337回:ハダカの王様とブランド信仰

更新日2013/11/14



ハダカの王様の話は日本だけでなく、世界中の子供たちが知っていることでしょう。おしゃれな王様が最新、最高のファッションだと実際に目に見えない服を着て、町中を歩き、町の人々も、さすが我らの王様、素晴らしい衣装で闊歩なさっている…と皆が皆賞賛する中、一人の子供が、「王様がハダカで歩いている!」と叫んだお話です。

これは、まだ世俗に染まっていない少年だけが真実を見る目を持っているというふうにも取れますし、如何に人間は権威に弱く、世論にいとも簡単に左右され、周囲の人の言うことに影響を受け易いか、目を塞がれてしまうか…という教訓的説話とも取れます。

私たちは、自分ではっきりと価値判断のできないモノに囲まれて暮しているようです。ウチのダンナさんのお母さん(私のお姑さん)の時代なら、魚屋さんで、生きのよさ、脂の乗りの善し悪し、そしてその季節ならどこどこで採れたサンマ、ニシン、サケが一番良いか、自分の目と集積された知識で判断するのが当たり前だったでしょうし、布地なら、絹、ウール、綿と化学繊維、混紡など、手触りで見分けたことでしょう。

宣伝やマスコミに踊らされることなく、自分の目と手触りできちんと判断できたのです。最近、手で触っただけで分らない、まるでウールのような化学繊維、絹と同じような感触の化学繊維が出てきて、さすがのお姑さんも、一度肌に触れさせ、使ってみなければ分らなくなったと嘆いています。

勢い、出来合いの服なら、そこに付いているタグ、ウール何パーセントとか書いてある、邪魔な表示に頼ることになります。マー、そのような表記はおおむね信用できますから問題はありませんが、ウールの中で、ヴァージンウールかお婆さん羊からのウールか、アンゴラかカシミアかメリノか、となるとチョット怪しくなってくるものもあります。そうなると、次に頼るのがブランドになってしまいます。あそこなら信用できる良いメーカーだから…と判断してしまうのです。

阪急阪神ホテルに始まった不当表示のメニュー事件は、日本のグルメブームをあざ笑うかのように、全国の有名ホテルのレストランやデパートの高級食材売り場、ミシュランの星を頂いたレストランにまで広がってきました。これは誤って表記したのではなく、明らかに意図的にお客さんを欺き、とんでもなく高い価格を付けていたのですから、立派な詐欺です。

何でも阪神阪急ホテルの山崎社長は、お客さんに返金するとまで言っており、事態をなんとか食い止めようとしているようですが、78,775人ものレストランのお客さんに一体どうやって連絡し、お金を返すのでしょうか。レストランのレシートなど、取って置く人はかなり少ないでしょうね。

シェフが仕入れ価格の競争の末、他の産地のモノも使ったといわれていますが、数多くのシェフたちに他の産地のモノを使っても客に分るわけないと、お客さんをバカにし、ダマシテいたことは明白です。シェフたちにも"奢り"があったと言えます。

確かに、車エビとシバエビを味だけで区別できる人はまずいないのかもしれません。ですが、それならそれで、車エビと同じか、それ以上おいしいシバエビ!と、堂々と売り出すべきで、不当表示は許されることではありません。

今回の問題はウソをついたレストラン側が責められて当然ですが、一方、お客さん側、価値が分かりもしない食品、料理、食材をありがたがっていた側にも問題があります。元々、自分で価値の分らないモノを名前、産地の表示やブランドだけに頼り、購入することに大きな間違いがあり、そこに第三者、レストランやブランド商品がつけ込む隙が出てくるのだと思います。スノッブ(snob)は、いつも必ず高くつくものです。

日本のグルメブーム、ワインブームを奇妙な社会現象として観ているフシがあるウチのダンナさんは、結構自分で料理もし、しかもかなり上手だと私は思うのですが、自分をCマイナス以下のグルメ、もしくはアンチグルメを自認しています。

ヨーロッパのワイナリーを訪ね歩いたり、スペイン、フランス、イタリアの超高級レストランなどにも行っていましたから、それなりの見識はどこかにあるのでしょうけど、"ワインは今手にしているグラスに注がれているものが一番"という主義で、激安ワインの中から、気に入ったのを箱買いし、毎晩飲んでいます。

モナコの最高級レストランに行った後に、「あんなところで気取って食うより、気の合った友達と屋台でラーメンをススル方が美味い」と言っています。彼曰く、「そんな表示に騙されるような奴等、産地、ブランドをありがたがる奴等からはいくら取ってもかまわない」とまで言っています。

もちろん、ウソをつき、騙す方が悪いのは決まっています。だけど、日本の皆さん、もうイイカゲンにハンドバック、時計に始まったブランド志向を卒業してもいいのじゃないかしら。自分で価値の分るものだけにお金を払う習慣を身に付ける時期ではないかしら。食は尽きるところ、自分の舌と鼻だけが頼りです。

食通の王様が、仰々しくカラッポのお皿から、優雅にナイフとフォークを使い、これは最高の食材から創った最高の料理だと食べるパントマイムを披露し、同じテーブルに付いていた人たちも、王様がおいしそうに食べているのだから、きっと最高級のグルメ料理に違いないと、全員食べるマネを始めた様子をご想像ください。

今回の食材の不当表示、詐欺事件は、ハダカの王様のパート2、衣食住の"食"の部のように思えるのです。

もっとも、食べるふりをして自尊心を満足させるなら、これほど安上がりで効果的なダイエット法はありません。

 

 

第338回:メリーヴィルで、現代の"ミズーリーの魔女狩り"

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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