第548回:山の中の海底トンネル - 門司港レトロ観光線 -
門司港レトロ観光列車「潮風号」はトロッコ風の客車2両。その前後に小さなディーゼル機関車が1台ずつ連結している。折り返し地点で機関車の付け替えをしなくてすむ。青い塗装で統一感があるけれど、客車と機関車で出自が異なる。客車は長崎県の島原鉄道でトロッコ列車に使われていた。
トロッコ号発車。アテンダントさんが手を振る相手は踏切の親子
私は6年前、2007年に南島原駅でこの客車を見ている。当時は黄色で、前後に黄色い気動車を連結していた。雲仙普賢岳の噴火で被災し、その復興の象徴として走り始めた列車だった。その時、私は南島原から加津佐へ行く途中だった。その翌年、島原鉄道は経営合理化で島原外港~加津佐間を廃止。トロッコ列車も廃止された。その客車が門司港トロッコ列車用に譲渡された。
機関車のほうは南阿蘇鉄道でトロッコ列車に使われていた車両で、2007年に新型機関車の導入によって廃車となり、門司港にやってきた。私は南阿蘇鉄道のトロッコに乗っていない。旧国鉄高森線時代に乗ったからだ。新車を入れるとは、観光鉄道としての成績が良いのだろう。
門司港周辺の観光施設の整備が進んでいる
「潮風号」が走り出す。ゴトゴトと音が大きく、振動が尻に伝わる。トロッコ客車はもともと貨車だった。台車は貨車時代のままで、この揺れもトロッコらしさのひとつだろう。大きな通りを踏切で横切り、左手からちらりと船着き場が見えた。こちらが海側。青と茶色の明るい色使いの建物がある。観光客向けのレストランや土産物屋のようだ。線路の左側、つまり海沿いに観光客向けの施設があるようだ。
ひとつ目の駅、出光美術館に停車。中年の男性がひとり乗った。観光列車の始発列車、途中駅からの乗車はどういう理由だろう。用務客だろうか。観光客だろうか。この近くにホテルに泊まったか。私の趣味の上を行く、全駅上下車が信条のほうかもしれない。
出光美術館駅に停車。奧の高いタワーは展望室がある。
建物本体はなんと、マンションとのこと。設計は黒川紀章氏
左側は雑居ビルや倉庫、町工場のような小さな建物があって、奧に小さなマンションが見える。物作りの街が、観光推進の結果、住宅街に変わっていくようだ。両側は道路だ。線路が中央分離帯を兼ねているかと思ったら違った。どちらも対向車線があり、別の道路が並んでいる。進行方向右手の道路が少し線路から離れて、その間に駐車場や倉庫がある。
その右側の窓に近づき下を見ると線路が見える。複線区間ではなく、ここは外浜という貨物駅があったところだ。ここまでが旧国鉄の貨物線、ここから先は田野浦公共臨港鉄道の廃線跡になる。トロッコ列車が走る門司港レトロ観光線は、門司港駅までの鹿児島本線をそのまま北に延ばした経路になっている。ふたつの貨物線跡を再利用した路線だ。
港の景色が広がり、関門橋が見えた。デッキはノーフォーク広場の一部
田野浦公共臨港鉄道は、関門海峡で最も狭い和布刈地区を経由して、西側の田野浦地区まで通じていた。大型船を狭い海域に入れないように、荷物のほうを門司港へ移動させたのだろうか。これらの貨物線は2004年に列車の運行がなくなり、廃線跡がそのまま残された。これを観光用に再利用するとはすばらしいアイデアだ。
ただし、再利用の範囲は和布刈まで。観光エリアがそこまでだからだろう。地図や航空写真を見ると、田野浦地区まで復活させてLRTにして生活路線にしたくなる。ただし、それをやってしまったら大赤字線になってしまうかもしれない。よく我慢したと褒めたいけれど、延ばしたら良いのに、とも思う。
海上保安庁の船が佇む。白い船体がまぶしい
空いているから左右の座席をウロウロして、車窓左側の座席に戻った。海が迫っている。小さな漁船がこちらを向いてズラリと並んでいる。前方に関門橋が姿を見せた。その袂には海上保安庁の巡視船が停泊していた。白い船体が美しい。望遠レンズで眺めたら“きくち”、“はやなみ”という船名が読めた。大きいほうの“きくち”は大型カメラと機関砲を装備している。警察に例えると機動隊とパトロールカーの組み合わせだろうか。
車窓右手は丘。その下に関門国道トンネルが通っている。いよいよ関門海峡のハイライトシーンである。列車はただちに突入せず、ノーフォーク広場駅に停まった。ノーフォーク広場は海峡を行く船舶やライトアップされた関門橋を眺めるために作られたそうだ。ノーフォークはアメリカ合衆国の都市の名前で、世界最大の海軍基地がある。門司市と姉妹都市の関係にあって、地図に残る施設の名前にするという流儀は敬意の現れだ。
列車は進路を変えてトンネルへ。天井が……
門司港レトロ観光線は四つの駅があり、次が終点の和布刈である。トロッコ列車は景色を楽しめるようにゆっくり走る。ゆるく右へカーブして、正面に見えた丘へ進む。観光鉄道としては景色を見せるために丘を上るか迂回するところだけど、もともと貨物線だからトンネルで短絡する。しばらく景色は見えないな、と思ったら、トンネル内でお客さんをビックリさせる仕掛けがあった。
トンネル内では天井に海の様子が映し出される
客車の天井に海底の様子が投影されている。海底トンネルだと勘違いしそうだ。トロッコ客車はトタン屋根のようで、殺風景だけど雰囲気としてはアリだと思った。その盲点を突いた演出だ。これはいい。何も知らない人を連れてきて、ビックリする顔を見たい。
トンネルを出ると若葉の広場
トンネルを出ると緑地である。五月の若葉の色を久しぶりに見た。車内で案内放送をしていた女性アテンダントが窓の外へ手を振っている。車窓右手は公園のようで、観光客の姿があった。銀色の機関車と旧型客車も見える。関門トンネル用の機関車が保存されているようだ。あれは見よう。見なくてはいけない。人道トンネルで海峡を潜りたいし、めかり絶景バスにも乗りたい。やりたいことが増えて私はソワソワしている。それは日常では起きない現象で、自分がいままさに旅をしていると実感する。楽しいなぁ。日帰りだけど。
こんなところに国鉄型の機関車と客車があった
もうすぐ終着駅。鯉のぼりが出迎えてくれる
-…つづく
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