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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第744回:天狗の郷のケーブルカー - 鞍馬山鋼索鉄道 -  

更新日2025/07/17



叡山電鉄鞍馬山本線のなかでも、市原駅から鞍馬駅の景色が良い。賀茂川の支流、鞍馬川の谷に沿っているからだ。もみじのトンネルもこの区間にある。貴船口駅は貴船神社の最寄り駅。こんな山奥に船の名を持つ神社とはどういうことか。貴船神社の由緒によると、約1600年前、初代神武天皇の皇母、玉依姫が大阪湾から船に乗ってたどり着き、水源たるこの地に祠を建てた。これが貴船神社の始まりだ。玉依姫が雨乞いのためにタカオカミノカミを呼んだら来ちゃった。以来、水の神様のタカオカミノカミを祀る神社となった。

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残雪の鞍馬駅

車窓から見える鞍馬川は水量が少なく、船が通れそうにない。きっと1600年前は水も豊かだったろう。電車は上り勾配を上っていき、玉依姫がたどり着いたが如く、鞍馬駅に到着した。待合室で叡山電鉄90周年記念の写真展があり、F氏のお話を伺いながら眺めていく。ここで叡山電鉄のF氏とお別れである。帰りも叡山電鉄に乗るけれども、この後は他社の鉄道に乗る予定になっている。

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参詣鉄道らしい駅舎

鞍馬といえば鞍馬天狗だ。駅前に大きな天狗の顔が鎮座している。S氏は天狗と鞍馬駅舎の撮影を始めた。私も天狗の顔を拝みに行き、ふと振り返ると、電車の顔もあった。そのとなりには動輪もある。この電車は「デナ21形」という。鞍馬電鉄の前身である京都電燈が、鞍馬線の開通に向けて設計製造した車両という。銘板によると、1929(昭和4)年に就役し、戦争を生き延びて、1994(平成6)年に退役した。65年間で217万kmを走ったという。こちらにも手を合わせた。

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初代車両が飾られ(祀られ?)ている

私にとって鞍馬天狗といえばテレビ創世記のドラマであり、嵐寛寿郎主演の映画だ。といっても知識だけで、私は周りの大人たちから聞いただけ。それはたいへんな人気だったらしい。勤王志士で正義の味方という鞍馬天狗が、新撰組の策略を暴く。このドラマの成功が後に仮面ライダーなどのヒーローアクションドラマに繫がっていく。映画もたいへんな人気だったそうだ。しかしこれは鞍馬山とは関係ない。大佛次郎の原作小説で、主人公が鞍馬天狗を名乗り、鞍馬山の天狗伝説になぞらえただけだった。

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初代車両の進行方向に天狗様(のちに改修された)

元祖の鞍馬天狗は山岳信仰における山の精霊である。精霊が人前に現した姿が天狗で、鼻の高い鼻高天狗や翼を持つ烏(からす)天狗などがいる。中国では大気圏に突入した隕石や火球を天狗として恐れた。地球に禍をもたらすもの。これが転じて、日本では山の精霊となった。仏教界は神を嫌い、人々に禍をもたらすとして敵視したという。しかし、山に取り残された牛若丸を気の毒に思い、剣術を教えた伝説がある。牛若丸は後の源義経だ。活躍にもかかわらず、実兄の頼朝に嫌われ自刃する。そんな義経の武勇と伝説が鞍馬天狗を人気者にしたようだ。

その鞍馬山には鞍馬寺がある。創建は770(宝亀元)年とされ、毘沙門天を祀る寺だった。その後、真言宗、天台宗の影響を受けつつ、山岳信仰も含み、宗派にとらわれない仏教のあり方を示した。1947(昭和22)年に住職の信楽香雲は鞍馬寺にて鞍馬弘教を示し、宇宙の大霊、尊天を本尊として天台宗から独立したという。寺の歴史は古いけれど、現在に続く思想は戦後に生まれた。新しい考えだからこそ、参道にケーブルカーを作ったといえそうだ。

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鞍馬寺仁王門

このケーブルカーは鉄道ファンにもよく知られている。日本で唯一、宗教法人が鉄道事業法にもとづいて運営する鉄道路線である。鞍馬寺が高所にあるため、参拝者の便宜を図るために作られた。いまならエレベーター扱いのスロープカーやモノレールにするところだ。遊園地なら遊具にしてもいいけれど、寺ではそうはいかない。当時の法律に沿って設置するならば、正式に鉄道路線とするしかなかったのだろう。そしていまでも「自社の設備を持って他者に移動を提供する事業」として、鉄道事業を営んでいる。日本の鉄道を完乗としようとする者は、鞍馬山に参拝する宿命がある。

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ここがケーブルカーの駅、普明殿

門前町の店でそばをすすり、身体を温めて山門へ。短い階段を上がると山門の先は突き当たりで、左に曲がると長い階段が続いており、私たちは体重を増やしたことを後悔した。ケーブルカーは楽に山頂へ行くための乗りものだけれど、下の駅が平地から始まるとはかぎらない。きっとどこかで天狗が笑っているだろう。階段の途中に幼稚園があった。お遊戯は天狗の面を被るかもしれない。

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シオラマ。ケーブルカーと参道の位置関係がわかりやすい

その先に「普明殿」という建物があり、これが駅舎になっている。広い待合室で、毘沙門天の祭壇やケーブルカーのジオラマ、鞍馬寺の昆虫やマムシの標本が展示されている。運賃は大人200円、小人100円。乗車券を買われた方から窓側の席に並んで座るようにという貼り紙がある。乗車券と表記するのだなと思った。鞍馬寺のケーブルカーは乗車券ではなく寄付金という扱いになっていると聞いていた。

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自動券売機と乗車券の貼り紙

公式サイトにも「鞍馬山ケーブルは、足の弱い方や年配の方が少しでも楽に参拝できるように敷設されたもので営利事業ではありません。そこで運賃を戴くのではなく、鞍馬山内の堂舎維持にご協力いただいた方に、そのお礼としてケーブルを利用していただくということになっています」とある。運賃とすれは宗教法人法の営利事業になってしまうからだ。しかしハッキリと乗車券と書いてある。でも券売機に料金を入れるときっぷらしき紙に「御寄進票」と書いてある。やっぱり寄付扱いのようだ。

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4代目牛若號

私たちはまだまだ健脚だけどケーブルカーに乗った。これが目的だからだ。上が白、下が緑色のきれいな車体で、「牛若號IV」とあるから、4代目の車両なのだろう。車体の下を見ると排障器の下が平らになっていて、どうやら車輪はタイヤになっている。階段状の車内、他の乗客は私と同年配の男女。それぞれひとり旅のようで、乗り鉄というわけでもなさそうだった。参道は雪上がりで、除雪はしているけれども心許ない。ケーブルカーはありがたい。

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普明殿駅から多宝塔駅が見える。すれ違いはなく1台が行ったり来たりする

「牛若號IV」はゆっくりと動き出す。そしてゆっくりのまま2分後に終点の多宝塔駅に着いた。距離は207.2メートルとのことで、日本一短い鉄道路線である。高低差は89メートル、最急勾配は499パーミル。換算して49.9パーセント。つまり、1メートル進むと約50メートル高くなる。角度にして26.5度。ちなみに日本の国道の坂道は最大で約20度。車窓左手は森の中。右手はかなり開けており、これは2018年の「平成30年台風21号」による倒木の影響だ。当時、叡山電鉄鞍馬線も倒木で被災し、約50日の運休となった。

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車窓左手は切通しと森

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車窓右手は台風であらされてしまった

多宝塔駅は参道から少し離れたところにある。参道に戻る道はなく、戻ったとしてもまた上り坂になってしまう。そこで多宝塔から本殿に向かう参道がある。平坦な道だと思って安心していたら、途中に長い階段があり、本来の参道と合流したら、また本殿までは長い階段だ。機材を抱えたカメラマンS氏が気の毒になる。しかし編集部からは撮影許可をいただき、本殿でご挨拶せよとの指令であった。冬の厚着で激しく運動し汗をかく。季節を誤ったと思うけれど、住職に季節は関係ない。まったく頭が下がる思いだった。

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ケーブルカーの巻取り装置

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山頂側の多宝塔駅に到着

さて、鞍馬山ケーブルは1957年に開業し、1976年にゴムタイヤ式軌道に改修した。1996年に車両を大型化して、2016年に現在の車両になった。このとき、もしかしたらケーブルカーではなく、スロープカーに変更するかもしれないと憶測されたけれど、無事にケーブルカーとして復帰している。1代目から2代目まで約30年、2代目から3代目まで20年、3代目から4代目まで20年。この間隔で行くと、次の改修は2036年ごろだ。そのとき、ケーブルカーとして維持できるか、スロープカーに変わるのか。いや、もっと長く使えるようにしているかもしれない。

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多宝塔駅舎

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鞍馬寺本殿

-…つづく

 

 

第744回の行程地図(地理院地図を加工)
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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
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