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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第733回:展望車行ったり来たり - SLやまぐち号 徳佐~新山口 -

更新日2021/08/05




徳佐駅に停まる前に通ったトンネルが島根県と山口県の県境だった。ここは山口県の谷間である。線路の両側から山が近づき、また離れていく。地図を見ると、この谷は阿武川が刻んだようだ。このまま新山口まで並ぶかと思ったら、長門峡駅付近で北に向かい、東萩で日本海に注ぐ。途中には阿武川ダムの大きな湖もある。中国地方の尾根は入り組んでいる。川の流れも予想外だ。

さて、グリーン車の空席を見つけて「移席」できて良かったけれど、4人席の通路側で他人との相席は少し居心地が悪い。せめて窓際だったら景色に集中できる。しかし通路側から窓を見ると、左右のどちらも相席が視界に入る。社交的な人ばかりなら会話も盛り上がるし、盛り上げる自信もある。しかし、おしゃべりに夢中になると景色を眺める暇がない。

01
展望デッキは大人気

すこし車内を見聞してこよう。前方はゴリラさんが座っているから、自然と足は後方へ向かう。4人グループと家族連れで賑わっている。二人連れはイチャイチャと……いや、そういうカップルはいなかった。空席はあるけれど荷物はあるから、きっと展望車に行ったのだろう。ゲームや展示物を備えた車両は後回し。まずは最後尾へ。列車の揺れに身を任せ、ステップを楽しみながら5両の道のり。予想通り、展望デッキは盛況であった。

絶えず風が吹いていて気持ちがいい。線路を中心にして、景色が遠ざかっていく。その景色の中に蒸気機関車の煙が混じり、春霞のように視界を包む。これもSL列車ならではの景色だ。展望車は吹きさらしだから、トンネルに入ると身体が煙に包まれる。そしてトンネル出口を見ると煙のカタマリがほわっと出てきた。トンネル内に煙が溜まり、列車がトンネルを出たときに、空気に吸い出されるらしい。初めて見た。SL列車の展望車ならではの景色だ。

02
トンネルの出口で煙が溢れる

谷間が狭くなった。やまぐち号は長門峡駅に停車。「ながときょう」ではなく「ちょうもんきょう」と読む。ここは長門市ではなく山口市だ。紛らわしい。そもそも長門とは現在の関門海峡を指す。日本書紀では「穴戸」その後「穴門国」と記され、7世紀に長門国に落ち着いた。これは律令制の成立と関係があるらしい。713(和銅6)年に元明天皇が諸国郡郷名著好字令を出す前に、穴は長になった。その後、戦国時代まで長門国、江戸時代は長州藩の地域名となった。長門市は1954(昭和29)年の発足で、関門海峡とは遠い。旧長門国の一部という由来のようだ。

萩市観光協会のサイトによると、長門峡は1920(大正9)年に画家で地質学者の高島北海が名づけたという。峡谷を長門海峡に見立てたのだろうか。「ながときょう」としなかった理由は混同を避けるだろうか。萩阿世商工会のサイトにもう少し詳しい記述があった。この絶景は陸軍参謀測量隊が地図作成のために立ち入り見出され、ダム建設の関係者が写真を配って紹介した。この地形に興味を持った英国人高校教師が探索し、大分県の耶馬溪のような景勝地として「長門耶馬溪」と名づけた。このときは「ながとやばけい」だ。

山口線が開通すると長門耶馬溪を探検する人が増え、観光開発に着手。この時に東京の高島北海に意見を求めた。高島北海は安全な通路の開発を説き、自ら費用捻出のために現地を取材し、100枚以上を描いて売り、開発費用として寄付したという。そして高島北海は「長門耶馬溪」を「長門峡」と名づけ正式名称とした。別の地名である耶馬溪を外したけれど、もとの長門は国名由来だし連続性を配慮したのだろう。ただし混同を避けるため「ちょうもんきょう」と読ませた。命名は高島北海の苦肉の策だったかもしれない。

そんな長門峡で降りてみたいけれども、やまぐち号の旅を続ける。阿武川は長門峡へ。線路は山口へ向かう。線路に沿う川は支流の篠目川だ。篠目駅を発車すれば、2度目の分水嶺越えになる。長いトンネルに入ったところで、こんどは進行方向に向かった。

03
3号車はゲーム機もある

3号車で展示物を眺める。低い位置に蒸気機関車やヘッドマークの模型、蒸気機関車の仕組みのイラストがあり、高いところにやまぐち号の歴史年表がある。大人向け、子ども向けで高さを変えているようだ。硬券きっぷ、改札鋏、天虎工業製ダッチングマシーンなども懐かしい。子どもの乗客が少ないせいか、大画面の投炭体験ゲームの参加者はおらず、笑顔のステキなアテンダントさんの出番がない。せっかくだから体験してみたいけれど、ひとり旅だと少し恥ずかしい。こういうのは子どもや仲間と遊びたい。

04
新型客車だけどホーローの洗面台が懐かしい

山口駅で4分間停車。グリーン車に戻り、相席の方々に会釈をして、そのまま最前部へ。窓のある応接間のような区画だから展望デッキではなく展望室である。幸いにもゴリラさんはいなかった。プラットホームで撮影しているのかもしれない。怖いわけではないけど絡まれると面倒だ。展望室の先客は男の子と父親。男の子は蒸気機関車の尻を見飽きたのか、ちょっと飽きているようだ。SL列車は乗ってしまうと機関車が見えない。だから退屈しないように展示やゲームを置いている。車内放送で機関車の駆動音を流してくれると、後部車両の人も楽しいと思うがどうか。

05
展望室でデゴイチを聴く

ゆったりしたソファに座り、谷を抜けて開けてきた景色を眺める。前方は機関車で景色を遮られているけれど、炭水車の背が低いので、そこから空模様を眺められる。炭水車の揺れと客車の揺れのリンク、連結器や台車の音。汽笛。SL列車の楽しみは音だなあ。特に近年、電子音のある暮らしに慣れてしまい、金属が動く音が懐かしい。電気がなくても走る機械が現代にまだある。この蒸気機関のおかげで、人類はどれだけ進化しただろう。

06
まるで貴賓車のような空間

谷間が広がり、川幅も大きくなった。この川は椹野川(ふしのがわ)といって、山口線に沿って流れ、こんどこそ瀬戸内海に流れていく。水利が良ければ田畑も増える。水田が水鏡になって、遠くの山を逆さに移す。SLやまぐち号の旅を締めくくる良い景色。しかしまだ田植えの時期ではなさそうだから、昨日からの雨のおかげかもしれない。

07
峠を越えて水鏡の世界

08
新山口駅手前、転車台をキハ40が囲む

新山口駅に近づいた。自席に戻って、相席の方々と別れの挨拶をする。ひとりは山口県の防府からいらしたそうだ。意外と近かった。日帰りでこんな旅ができるとは羨ましい。こちらは遠い帰路である。新山口に停まる「のぞみ」は少なくて、18時08分発のこだま754号で広島へ。広島から「のぞみ58号」で新横浜到着が22時34分。広島までは景色を眺められるだろう。

09
新山口駅到着

10
こだま号は700系「ひかりレールスター」だった

11
瀬戸内工業地帯を行く

 


第733回の行程地図

 


2018年04月14-15日の新規乗車線区
JR:169.7Km
私鉄: 0.0Km

累計乗車線区(達成率 93.81%)
JR(JNR):21,987.6Km (95.97%)
私鉄: 6,500.7km (91.66%)

 

 

 

 

 


 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
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ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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