のらり 大好評連載中   
 
■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第295回:流行り歌に寄せて No.100 「浪曲子守唄」~昭和38年(1963年)

更新日2016/01/07

この『流行歌に寄せて』の連載も、おかげさまで100回を迎えることができました。新しい年も迎えたことでもありますし、ここは気合を入れ直して書き進めていこうと思います。よろしければ、今年もしばらくお付き合いいただけると、大変うれしく存じます。

巡り合わせの順番とは言え、今回の曲はまったくお正月のイメージとはかけ離れたものだという気がする。けれども、昭和38年12月の発売ということだから、リアル・タイムでもこの季節に流れていたはずである。

そして20世紀のうちに200万枚を売るという、いわゆるダブル・ミリオンの大ヒット曲となった。あの絞り出すような、まさに浪曲調の歌い方を、当時小学2年生だった私たちは真似て歌ったが、決まって「そんな声出してたら変声期の時に声が出なくなってしまうよ」と母親に叱られてしまったものだった。

「浪曲子守唄」  越純平:作詞・作曲  一節太郎:歌
1.
逃げた女房にゃ 未練はないが

お乳ほしがる この子が可愛い

子守唄など にがてなおれだが

馬鹿な男の 浪花節

一ツ聞かそか ねんころり

(台詞)
そりゃ…無学なこのおれを
親に持つお前は ふびんな奴さ
泣くんじゃねえ 泣くんじゃねえよ
あんな薄情なおっ母さんを 呼んでくれるな
おい等も 泣けるじゃねえか ささ いい子だ ねんねしな

2.
土方渡世の おい等が賭けた

たった一度の 恋だった

赤いべべなど 買うてはやれぬが

詫びる心の 浪花節

二ツ聞かそか ねんころり

3.
どこか似ている めしたき女

抱いてくれるか ふびんなこの子

飯場がらすよ うわさは云うなよ

おれも忘れて 浪花節

三ツ聞かそか ねんころり


歌っている一節太郎は、昭和16年、新潟県の豊栄市出身。このヒットの2前の昭和36年、20歳で作曲家、遠藤実の内弟子第一号となり修行を積んだ。苦節数年と言われる人が多い中で、2年間で大ヒットを生んだのは早い方だと思えるが、20歳からの2年というのは、やはり長く感じられるものかもしれない。

作詞・作曲の越純平とは、今からちょうど10年前の平成18年、73歳で亡くなった人で、この曲の他には五月みどりの『熱海で逢ってね』『温泉芸者』などの作曲を手掛けている。また、人に依頼をされれば、一般の人々が作詞したものに加除訂正をし、そこに曲をつけるということも行ない、広く歌謡曲のために尽力した人らしい。

さて『浪曲子守唄』であるが、冒頭で「逃げた女房にゃ未練はないが」と歌ってはいるものの、随所に別れた妻への断ちがたい未練が漂っている。「おい等も泣けるじゃねえか」「おい等が賭けたたった一度の恋」「どこか似ているめしたき女」など、後ろ向きな言葉が並ぶ。

確かに、世の中では別れた亭主のことについてうだうだと想い続ける女性よりも、その逆のケースの方がはるかに多い気はする。一時、「フォルダ保存」「上書き保存」などの言葉を使って、男女の恋愛について語られたことがあり。ある意味、的を得ていると思ったことがあったが、本当のところはどうなのだろう、よくわからない。よくわからないから、古今東西、恋愛の歌が歌われ続けているのかも知れない。

一節太郎の歌の世界、その2年後の昭和40年に、40万枚をセールスした『出世子守唄』でもまだ未練ごころは消えないらしく、切ない男親の心情を歌っているが、さらにその3年後、『浪曲子守唄』から5年の月日が流れた時に、大きな出来事が起きる。逃げた女房が帰ってくるのである。

世の中には、「よりが戻る」とか「元の鞘に納まる」という言葉があるが、絶望的な思いで恨み節を歌っていた男に、思いがけないどんでん返しがあったのだ。その詞の内容を記しておきたい。

「帰ってきた女房」  星野哲郎:作詞  叶弦大:作曲  一節太郎:歌
1.
切れてしまえば 夫婦(めおと)は他人

そんな強がり 言うたけど

かあちゃん恋しと 泣く子のために

破れ畳に 両手をついて

水に流そう 水に流そう 恋女房

(台詞)
坊や あれがお前の夢に出てきた かあちゃんだ 
本物のかあちゃんだよ
さあ走って行って 大きな声で
「かあちゃーん」って呼んでごらん
そしてなあ しっかり抱いてもらうんだ
三年分 五年ぶん まとめて
しっかり抱いてもらうんだ

2.
銭はなくても 情けがあれば

やっていけると 思ったが

やっぱり子どもは 男の手では

まるく育って 行かないもんだ

しみじみ知った しみじみ知ったよ ダムの街

(台詞)
ほうら あんな無邪気な顔して 眠ってらあ
眠りながら 笑ってるぜ
こんな笑顔 おらあ
長いこと見たことないんだ

3.
子ども見たさに 帰って来たと

意地を張るなよ やつれ顏

親子の絆が どういうものか

じんとしみたぜ 裸の胸に

うれし涙の うれし涙の 子守唄


『浪曲子守唄』では女の子だったのが、0}:『帰ってきた女房』では男の子に変わっているが、これは明らかにセルフ・アンサー・ソングになっている。それにしても逃げた女房が帰ってきたことに手放しで喜んでしまっている男の姿が、恥ずかしいほど伝わってくる歌だ。わかってしまうんだよ、ご同輩、という気になるのである。やはり、ここらへんは男の方が情けないのだろうか。

さて『浪曲子守唄』は、他の歌謡曲のように同タイトルで映画化されている。レコード発売から3年後の昭和41年、鷹森立一監督の東映映画である。その後『続 浪曲子守唄』『出世子守唄』の『子守唄シリーズ』として好評を博し、一節太郎も歌手として全作登場している。

主人公の遠藤文吾役には千葉真一が扮し、息子の遠藤健一役は下沢広之によって演じられた。下沢広之とは真田広之の子役の時の名前(本名:下澤廣之)で、『浪曲子守唄』は彼が5歳の時の作品であり、デビュー作である。その後、この縁から、真田は中学入学と同時に、千葉の主宰するジャパンアクションクラブ(JAC)に入団することになったという逸話もある。

-…つづく

 

 

第296回:流行り歌に寄せて No.101 「東京ブルース」?昭和39年(1964年)

このコラムの感想を書く

 

 


金井 和宏
(かない・かずひろ)
著者にメールを送る

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice


バックナンバー

第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー

第51回:お国言葉について ~
第100回:フラワー・オブ・スコットランドを聴いたことがありますか
までのバックナンバー

第101回:小田実さんを偲ぶ~
第150回:私の蘇格蘭紀行(11)
までのバックナンバー


第151回:私の蘇格蘭紀行(12)
第200回:流行り歌に寄せてNo.12
までのバックナンバー


第201回:流行り歌に寄せてNo.13
第250回:流行り歌に寄せて No.60
までのバックナンバー


第251回:流行り歌に寄せて No.61
「南国土佐を後にして」~昭和34年(1959年)

第252回:流行り歌に寄せて No.62
「東京ナイト・クラブ」~昭和34年(1959年)

第253回:流行り歌に寄せて No.63
「黒い花びら」~昭和34年(1959年)

第254回:流行り歌に寄せて No.64
「ギターを持った渡り鳥」~昭和34年(1959年)

第255回:流行り歌に寄せて No.65
「アカシアの雨がやむとき」~昭和35年(1960年)

第256回:流行り歌に寄せて No.66
「潮来花嫁さん」~昭和35年(1960年)

第257回:流行り歌に寄せて No.67
「雨に咲く花」~昭和35年(1960年)

第258回:流行り歌に寄せて No.68
「霧笛が俺を呼んでいる」~昭和35年(1960年)

第259回:流行り歌に寄せて No.69
「潮来笠」~昭和35年(1960年)

第260回:流行り歌に寄せて No.70
「再会」~昭和35年(1960年)

第261回:流行り歌に寄せて No.71
「達者でナ」~昭和35年(1960年)

第262回:流行り歌に寄せて No.72
「有難や節」~昭和35年(1960年)

第263回:流行り歌に寄せて No.73
「硝子のジョニー」~昭和36年(1961年)

第264回:流行り歌に寄せて No.74
「東京ドドンパ娘」~昭和36年(1961年)

第265回:流行り歌に寄せて No.75
「おひまなら来てね」~昭和36年(1961年)

第266回:流行り歌に寄せて No.76
「銀座の恋の物語」~昭和36年(1961年)

第267回:流行り歌に寄せて No.77
「北上夜曲」~昭和36年(1961年)

第268回:流行り歌に寄せて No.78
「山のロザリア」~昭和36年(1961年)

第269回:流行り歌に寄せて No.79
「北帰行」「惜別の歌」-その1~昭和36年(1961年)

第270回:流行り歌に寄せて No.80
「北帰行」「「惜別の唄」-その2~昭和36年(1961年)

第271回:流行り歌に寄せて No.81
「スーダラ節」~昭和36年(1961年)

第272回:流行り歌に寄せて No.82
「王将」~昭和36年(1961年)

第273回:流行り歌に寄せて No.83
「上を向いて歩こう」~昭和36年(1961年)

第274回:流行り歌に寄せて No.84
「寒い朝」~昭和37年(1962年)

第275回:流行り歌に寄せて No.85
「若いふたり」~昭和37年(1962年)

第276回:流行り歌に寄せて No.86
「遠くへ行きたい」~昭和37年(1962年)

第277回:流行り歌に寄せて No.87
「いつでも夢を」~昭和37年(1962年)

第278回:流行り歌に寄せて No.88
「下町の太陽」~昭和37年(1962年)

第279回:流行り歌に寄せて No.89
「赤いハンカチ」~昭和37年(1962年)

第280回:流行り歌に寄せて No.90
「霧子のタンゴ」~昭和37年(1962年)

第281回:流行り歌に寄せて No.91
「エリカの花散るとき」~昭和38年(1963年)

第282回:流行り歌に寄せて No.92
「恋のバカンス」~昭和38年(1963年)

第283回:流行り歌に寄せて No.93
「見上げてごらん夜の星を」~昭和38年(1963年)

第284回「流行り歌に寄せて No.94
「巨人軍の歌?闘魂こめて」?昭和38年(1963年)

第285回:流行り歌に寄せて No.95
「長崎の女〈ひと〉」~昭和38年(1963年)

第286回:流行り歌に寄せて No.96
「島のブルース」~昭和38年(1963年)

第287回:流行り歌に寄せて No.97
「東京五輪音頭」 ~昭和38年(1963年)

第288回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015開幕!!
第289回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015
~予選プール前半戦を終えて

第290回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015
~予選プール戦終了~決勝トーナメントへ

第291回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015
~決勝へ

第292回:緊急掲載 ラグビー・ワールド・カップ 2015
~そして閉幕

第293回:流行り歌に寄せて No.98
「高校三年生」~昭和38年(1963年)

第294回:流行り歌に寄せて No.99
「こんにちは赤ちゃん」~昭和38年(1963年)


■更新予定日:隔週木曜日