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■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

第296回:流行り歌に寄せて No.101 「東京ブルース」~昭和39年(1964年)

更新日2016/01/28

私は半月ほど前60歳になったが、還暦を過ぎて初めてご紹介する曲がこの『東京ブルース』であったことは、感慨深いものがある。と言うのも、この曲は私が大人になって初めて大好きになった歌謡曲だからである。

歌が好きになり始めた、小学校の4、5年生の時分は、『ロッテ歌のアルバム』などで、よく御三家を聴いており、舟木一夫の『哀愁の夜』や西郷輝彦の『涙をありがとう』などの曲を口ずさんでいた。6年生になった頃はグループ・サウンズ全盛期の時代になり、中学2年生の終わり頃までザ・ターガースのトッポのファンだった。

中学校も終わりの頃は、『ミスター・マンデイ』や『マンダム・男の世界』などの耳に馴染みやすい洋楽を深夜放送で聴いていたり、フランシス・レイなどの映画音楽に親しんでいた。

高校入学の頃からはサイモンとガーファンクルのファンとなり(これは今でも続いているが)、日本のものも含めてフォークをよく聴くことになる。そして、同時に天地真理や麻丘めぐみなどのアイドル歌謡にも傾倒していた。

高校卒業後、上京してからはお決まりのように、ジャズの洗礼を受け、ジャズ喫茶に入り浸ることになる。ロックもジャズほど熱心ではなかったが、レッド・ツェッペリンは何度となく聴いていた。

そして、22-3歳の頃だったか、中目黒の目黒川沿いにあった居酒屋さんに置かれたステレオから流れてきた西田佐知子の『東京ブルース』を聴いて、しみじみと「良い曲だなあ」と思った。心の中にスーッと入ってきて、鼓動のようにずっと響き続ける、そんな感じの曲だった。

『アカシヤの雨がやむとき』でも『涙のかわくまで』でも『女の意地』でもなく、『東京ブルース』なのだ。毎日のようにお店のマスターにねだって掛けてもらっていた。終いには「Kさん、自分で掛けてくれる?」と言われるほどに。


「東京ブルース」 水木かおる:作詞  藤原秀行:作曲  西田佐知子:歌

1.
泣いた女が バカなのか

だました男が 悪いのか

褪せたルージュの 唇噛んで

夜霧の街で むせび哭く

恋のみれんの 東京ブルース

2.
どうせ私を だますなら

死ぬまでだまして 欲しかった

赤いルビーの 指輪に秘めた

あの日の夢も ガラス玉

割れて砕けた 東京ブルース

3.
月に吠えよか 淋しさを

どこへも捨て場の ない身には

暗い灯(ほ)かげを さまよいながら

女が鳴らす 口笛は

恋の終りの 東京ブルース


この曲を聴き始めてから、37-8年の歳月が流れた。そして、歌詞に対する自分の思いも随分変わってきた気がする。

「泣いた女がバカなのか だました男が悪いのか」、聴き始めの二十歳代前半の頃は、「それは、だました方が絶対に悪いに決まっている」と固く思っていた。女性を騙すなんて言語道断!と…。

ところが、歳を重ねてくると、「始めからだますつもりで付き合う男性はそうはいない。その過程の中で止むを得ずに裏切ってしまうこともあるのでは…」などと、言い訳を並べたくなってくる。

「どうせ私をだますなら 死ぬまでだまして欲しかった」、同年に出された、バーブ佐竹の『女心の唄』にも、よく似た歌詞が出てくる。「どうせ私をだますなら だまし続けて欲しかった」

だまし通すことが優しさ、などと若い頃は想像もつかなかったが、今ではどことなく理解できる気もする。けれども、やはり死ぬまでだまされるという行為は不可能であるからこそ、ない物ねだりでつぶやきたいのだろう。哀しい科白ではある。

この曲は4年前の『アカシアの雨がやむ時』と同じ、水木かおる、藤原秀行のコンビによる作品。『アカシアの・・・』では「思い出のペンダント 白い真珠」であったのが、「赤いルビーの 指輪に秘めた」になっている。白から赤い宝石に変わっているが、それらに込められた切ない思いは少しも変わっていない。

今回、もう一度しみじみと聴いてみたが、歌詞の中のルージュとは違って、私の中ではまったく色褪せない曲である。この曲と出会えたことが、その後の私の音楽感を方向づけたと言っても良い。

さて、この曲が出されたのが昭和39年の1月。東京オリンピックの年で、この年にはタイトルに『東京』の文字が入ったものが大いに流行ったらしい。

10月10日の開会に先立って7月に坂本九の『サヨナラ東京』、新川二郎の『東京の灯よいつまでも』、9月にはザ・ピーナッツの『ウナ・セラ・ディ東京』と、次々とヒット曲が生まれた。

ただ、不思議なことがひとつある。世界の国から多くの人々をお迎えするオリンピックであるのに、上記4曲はすべて別れを歌ったものであることだ。

今から4年後のオリンピックでは、これはできないことかも知れない。前向きで、応援歌のようなものでなければ、どこからか何かクレームがつきそうである。

別れでも何でも『東京』をつけておけばそれでいいじゃないか、という時代の方が、実はずっと自由だったと思えるのだが。

-…つづく

 

 

第297回:流行り歌に寄せて No.102 「君だけを」?昭和39年(1964年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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