第83回:自由が丘の祭 更新日2006/10/19
私は生まれつき「祭」というものがあまり好きではない。私の実家は、両親と私と妹の4人家族だが、父と妹は祭好き、母と私は祭が苦手と家族でも嗜好がはっきり分かれていた。
まず、あの大変な人混みの中に身を置くことさえ億劫だし、何だか皆が浮き立ったような興奮状態にあることに、少なからず恐怖を覚えてしまう。
そんな私が、店を始めるようになってから自由が丘の祭の手伝いをしているのは、自分でも意外な気がしている。
自由が丘は、毎年8月から10月の3ヵ月の間に、3回大きな祭がある。8月の第1週の木金土日の4日間は駅前ロータリーで盆踊り、9月第1週の土日は熊野神社の例大祭、そして10月の第2週の日月(月は体育の日の祭日)は女神まつりが開催されるのである。
盆踊りは自由が丘商店街振興組合が主催し、駅前ロータリー全体を使う、近くの駅では見られないような大規模なもの。しかも4日間連続というのもあまりないのではないかと思う。珍しいのは、出店(しゅってん)というものがなく、私たち自由が丘の料理飲食業組合が生ビールとジュースの販売をしているだけ。
いろいろな出店を認めてしまえば収拾がつかなくなるということだが、やはり少し淋しい気はする。その分ビール売りで盛り上げる必要がある。販売は、毎年自由が丘の3つの大きな酒屋さんの持ち回りで、ビール会社も麒麟、アサヒ、サッポロの持ち回り。今年は、私の好きなサッポロビールと、私の店の取引酒屋さんということで、少し力が入った。
盆踊りの前は雨天続きのぐずついた日々だったが、盆踊り4日間は快晴でビールがよく売れた。昨年から、組合の若い人たちの提案で透明なカップにしてビールと泡のバランスが見えるようにしたのも好評の原因の一つだった。「泡ばかり」というよくありがちなクレームが一切なく、自由が丘の飲食店は正直に商売をしているという姿勢が理解されたのだと思う。
9月の熊野神社の例大祭。私の所属する商店会「広小路会」では敷地内の銀行の駐車場を借りて神酒所を作る。神輿が入ってくると、その担ぎ手たちに酒や食べ物を振る舞うのである。夥しい数の人々がごった返して、かなりの賑わいになる。
子ども神輿の引率も手伝いの一つ。まだ暑い街中を子どもと一緒に神輿を担いで練り歩く。途中大人の神輿を待ったり、水分を補給するために休んだり、150人を越える子どもとその親たちの1時間半にわたる行程である。
子どもたちがなぜここまで頑張るかと言えば、途中に出てくるジュースやアイスクリームもその理由のひとつだが、終わった後にもらえる金800円也のおもちゃ券の魅力のようだ。
何と言っても、自由が丘で最大の祭と言えば、今月行なわれた女神まつりだろう。今年で34回を数えるこの祭は、例年天気の良いときは日月の二日間でのべ約50万人の人たちが繰り出すという。昨年までは3年続きで雨に祟られて人出も今ひとつだったが、今年は両日とも快晴で、感触的には50万人は優に越える賑わいだったように思う。
駅前のロータリーをメインステージにして、自由が丘商店街振興組合に所属する11の町会が各会場でイベントを繰り広げる。今年のメインステージでは、雅楽演奏家の東儀秀樹氏を迎えてライブを行なった。
各商店会の会場も模擬店を出したり、フリーマーケットを開いたりとそれぞれ工夫を凝らしている。私の所属する前出の広小路会は、毎年恒例でフラダンスとハワイアンバンドの演奏を提供している。
毎年確実に人気を呼んでいるのだが、映画の影響や健康法の流行などもあって、最近空前のブームと言われているフラダンスの、今年の人の入りは凄まじかった。私は例年ビールやジュースを売る担当をしているが、今年はそのテントの中にまで人が入ってきて往生するほどの勢いだった。
フラを踊るのは、町内にあるフラダンス・スクールの教師と生徒たちで、いわば格好な発表会の場とも言える。6年前から私もお手伝いしているが、当初小学校の4年生くらいだった子が、今は高校生になって魅惑的な踊りを披露したりする姿は、ちょっと眩しいような気がしてしまう。
町内の男衆は、みんな食い入るようにして見ているが、もう50歳を過ぎているというのに、私には恥ずかしくて照れくさくてそれができない。だれも、自分が見ている姿など注目しているわけでもないことはよくわかっているのに、困ったものである。
あれだけ祭を疎んじていた割には、毎年手伝いには顔を出しているが、私はその担当の場所に張り付いているから何とかできているのだと思う。盆踊りも、一緒になって踊る気は一生ないだろうし、例大祭で時間が空いたときでも、境内の出店をゆっくり冷やかそうという気にはまったくなれない。
それでも祭が終わってしまうと、吉田拓郎ではないが、寂寞感のようなものが自分を包み込むことがある。それは祭好きとか嫌いとかだけの問題ではない、ある季節を失ってゆく喪失感から来るのかも知れない。来年また祭が来ないかなあと待ち望む気持ちはまったくないが、今年の祭が終わったことはとても寂しいのだ。
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