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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第574回:AIの進化はどこまで行くの?

更新日2018/08/09



コンピューターが碁の王者に勝ったとか、チェスのチャンピオンに勝ったとか言われてからもう何年にもなります。そしてゆくゆくは、私たちの仕事はコンピューターに取って換わられるとマスコミが煽っています。

私のようなローテック人間にとって、AI(アーティフィッシャル・インテリジェンス)の世界はまるでサイエンス・フィクションのようです。

私の生徒さんにはもちろん優秀な人もいますが、半分くらいは中学、高校で勉強をし直してから大学に来てもらいたい…タイプです。第一、学ぶことやジックリ考えることがどういうことか全く理解していないのです。

そこへいくと、コンピューター頭脳は、経験から学んでいくことができる…のだそうで、同じ間違いを二度と繰り返さないというのですから、ソラ恐ろしいほどの学習能力を備えているのでしょう。おまけに、なんせ人間の脳みその何千、何万倍もの記憶力があり、絶対に忘れないというのですから、これではとてもまともに勝負できません。

いくらAIが発達しても、人間が生み出した文学、音楽、絵画などの芸術分野で、創作的な活動はできない…と思っていたのですが、デューク大学の文芸雑誌に感性豊かな、きちんと韻を踏んだ詩が発表され、その立派な詩を書いたのがコンピューターだというのですから、驚き、呆れてしまいました。そのうち、ノーベル文学賞はデューク大学コンピューターに持っていかれるかもしれません。

カナダの科学者は、肖像画をコンピューターに描かせています。これも抜群の記憶力、学習能力にモノをいわせ、ベラスケス風にとか、セザンヌ風にと指定すると、指示通り描き分けるというのですから、絵描きさんはウカウカしていられません。

音楽では、だいぶ前から、コンピューター、シンセサイザーを駆使した作曲は当たり前になっていました。ストラジバリウスのヴァイオリンをヤッシャ・ハイフェッツ(言うことが古くてすみません)が演奏したものをコンピューターに記憶させ、個々の音を引き出し、ルービンシュタインのピアノ、チェロはパブロ・ガザルスと現実にあり得ない合成演奏が可能だといいます。

作曲に関しては、コンピューターを使ってはいるものの、まだ人の心を打つようなメロディーの流れを作り出すことはできていませんから、人間様の創造性に軍配が上がっています。

とは言っても、音楽家、演奏家の人たちは安心していられません。すでに楽譜を読み込んで正確に演奏できるコンピューター・ピアニストがありますし、他の楽器も弦楽器、管楽器、打楽器も実際に楽器を弾くのではなく、コンピューターに録音させ、内蔵された音を再現する形式ですが、演奏できるといいます。

いつも疑問に思っているのですが、あのオーケストラの指揮者、ある人は踊るように、ある人は力強く、懸命に棒を振っているのが、どのくらいオーケストラの作り出す音楽、音に影響があるのだろうかということです。第一、指揮者なんか全然見ていないオーケストラメンバーがたくさんいるのです。

時々、指揮者がいてもいなくても、オーケストラのメンバーの呼吸さえ合えば、立派な演奏が成り立つのではないか…と思ったりします。とりわけ、ハデハデしい、ショーのような指揮ぶりを観ると、なんか耳の芸術である音楽を壊しているのではないかと疑いたくなるのです。

そんな指揮者不要論…に同調したわけではないでしょうけど、指揮をロボットに任せてしまえ…という試みがイタリアでありました。指揮なんぞ、ロボットで充分だということでしょうか。斜塔のあるピサの町で、ルッカ・フィルハーモニー・オーケストラが伝統あるヴェルディ・オペラハウスで、ロボット指揮者を採用したのです。

このロボットは身体こそ白く四角い箱型ですが、両方の手は肩、肘、手首の関節がとても柔らかく動き、両手を同時にしかも巧みに動かします。これも高名な指揮者の指揮ぶりを学習させたのでしょうか。

そして歌い手ですが、人気絶好調のアンドレア・ボチェッリ(Andrea Bocelli)でした。洋楽ファンの人ならご存知でしょうけど、アンドレア・ボチェッリは全盲ですから、指揮者など全く見えないのです。これは、どこかイタリア的冗談を思わせる演出です。

オーケストラのメンバーは真剣に指揮者を見て演奏していました。ロボット指揮者はまだ、演奏の後でアンドレア・ボチェッリとハグしたり、オーケストラメンバーを讃える拍手をし、コンサートマスターと硬い握手をするまでには至っていませんでしたから、当分は指揮者の方々、職を失うことはないでしょうね。

アンドレア・ボチェッリとかパバロティの声を持つロボット歌手が人間の指揮者の棒を見て、指示道りに合わせて歌うなら、AIの力を信じますが、ロボット指揮者は、まだまだ、面白い試みの段階と言っていいでしょう。

それにしても、AIの世界の広がりと深さは私などがとても付いていけない速さで変わっていますから、全員ロボットのオーケストラをロボットの指揮者、ロボットの歌手でベートーベンの第九が聴ける日がくるかもしれませんね。

私個人としては、恒例の年末の第九で日立ロボットオーケストラの方が、ソニーロボットオーケストラより良かったという時代にならないことを祈っているのですが…。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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