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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第575回:暑中御見舞いとゾッと涼しくなる話

更新日2018/08/23



年賀状と暑中御見舞いは日本独特の他の人を思いやる気持ちがよく現れている習慣だと思います。もっとも、暑中御見舞いを貰ったからといって、その分涼しくなるわけではありませんが…。

自分も暑さにヘコタレている時に、他の人に“貴方も頑張ってね!”と葉書を送るのは、年中暑いアフリカの人たち、寒い北極圏に住んでいる人だけでなく、日本と同じような気候の地域に住んでいるヨーロッパやアメリカ、ユーラシアの人々にもできないことです。やはり相当高い民度があってこその習慣でしょう。

私たちは、連日35度を越す暑さを逃れるため、ひと月、オレゴン州に住む弟、シアトルにいる妹のところを経由して、カナダ、アラスカを回ってキャンプやハイキングをしてきました。

私たちが普段登っている山は、多少自慢気に4,000メートルを軽く越すと言いふらしていますが、打ち明けて言えば、登山口が3,000メートルほどの高さにあることが多く、そこまで車で行きますから、実際に登る標高差は1,500~1,600、メートルくらいのものです。

そこへ行くと、アメリカ北西部、カナダ、アラスカの山々は、登山口が200~300メートル、ヒョッとすると、海抜100メートル以下のところにあるので、自分の足で登る標高差はとんでもなく大きいことになります。

それに、キャンプのやり方も相当違います。コロラドでは、私たちはまず、キャンプ場には行きません。少し分け入ったところにテントを張るだけのスペースを見つけ、どこにでもキャンプします。周囲何キロに全く人間がいないことも珍しくありません。行き当たりバッタリで、近くに渓流、沼があればよし、なければそれはそれでよしで、心地よい平地があればそれで満足といったスタイルです。

ところが、アメリカ北西部、カナダ、アラスカでは、山が急峻でテントを張るだけの平らなスペースがなかなか見つからないのです。不可能ではありませんが、それなりの覚悟がいるのです。というのは、ここでは野生が主人公で、そこにチョットお邪魔させて貰うことになるからです。

大木が密生し、地面は私の背丈より高いシダの類がみっしり覆っているのです。森林限界を抜けるとすぐに急なガレ場になり、余程背中、お尻の皮の厚い人でなければデコボコした石の上で寝ることはできません。それにお天気が違います。コロラドの夏山では、雨合羽は無用の長物で、ポンチョを着たのは20年近い山歩きで3回くらいではなかったかしら。ここでは毎日、雨合羽スタイルです。いったい太陽がどこに行ってしまったのかと思いたくなります。濡れた体で、濡れたテントに潜り込むのはイヤなものです。

ですが、この深い藪の葉陰に赤い実を見つけた時の喜びは感動ものでした。よく見ると、今が旬の野いちごが取り放題で実を付けているのです。バラエティーも豊富で、シンベリー、サーモンベリー、ブルーベリーによく似たマリオンベリー、真っ赤な丸い小さな実を付けたハックルベリー、野生のブラックベリーと、まるで果樹園、植物園に迷い込んだかのようなのです。

野生のイチゴのタグイに目のない私は、喚声を上げながら手と口を真っ赤にしながら、パラダイスへ分け入ってしまったのです。

最初、4、5メートル先の藪がガサガサと揺れているのが目に入り、誰かが物凄い力で藪木立を押し曲げ、野いちごを漁っているのに気が付きました。すぐにモコモコした茶黒い体から伸びた大きな手が、意外に器用に実の成っている小枝を引き寄せ、口で鋤くように食べている正体が熊だと気がつきました。

この熊さん、私の方に一向に注意を払わず、野いちご狩りに専念している様子でした。あとでアラスカの野生保護官に尋ねたところ、野生の動物、特に熊は視野が広く、キチンと私達を視野に収めていると言っていました。

熊さん、きっと年寄りのお婆さんの肉より、フレッシュな野いちごの方が美味しいと判断したのでしょうか、幸いにも私を無視するかのように野いちご狩りに専念してくれていました。

おそらく、私より先に熊の存在に気づいていたらしいダンナさん、アルミのストックを改良した杖を左の小脇に挟み、右手にりんごの皮を剥くためのチッチャなポケットナイフを開いたのを握り、まるでなんとか流の古武道の達人のような構えで、私にゆっくりと下がるよう、大きな音を出す笛をいつでも吹けるようにバックパックから取り出し、口に喰えるように、そして吹く時は思いっきり鳴らせ…と告げたのでした。

こんな道具立てで熊退治ができたら、表彰状モノです。熊を仕留める可能性は限りなくゼロに近く、万が一、それができたら奇跡中の奇跡です。もっとも、熊に食われたら表彰状なんか貰えませんが…。

ダンナさん、私にともかく距離を稼ぐように言い、熊に話し掛け出したのです。

「なあ~お前、俺の連れ合いは何もお前の餌を横取りしようとしたわけじゃないんだ。もう邪魔しないからゆっくり、好きなだけ食べてくれよ…」とかなんとか、なんと日本語で諭すようにツブヤキ、ゆっくりと後退したのです。言語学者の私としては、アラスカの熊が日本語を理解する確立は全くないと断言したいところです…。

そのまま、5、6メートルの距離まで下がり、7、8分ほどは熊の野いちご摘みを見ていたでしょうか、小さなデジカメで写真を何枚か撮ったほどです。熊の方が次の野いちごフィールドに移動するまで、私達はその場にいました。

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でも一体、本当に熊が襲ってきたら、ダンナさん、スキーのストックと果物ナイフで何をするつもりだったのでしょうか?

注意深く見るまでもなく、カナダ、アラスカの山…だけでなく、川辺も海辺もクマの足跡、糞だらけなのです。私たちはテントを公認のキャンプ場に張り、そこから、オッカナビックリの日帰りハイキングに切り替えたのでした。

二人でいつも話していることですが、どう考えても私たちは立派に老人として仕分けされる歳だし、世界人類を良くするためにさしたる貢献もしてこなかったかもしれませんが、大きな害を地球に与えないように生きてきたつもりです。まあ~こうして今までどうにか生き延びてくることができただけ幸運だった、何時死んでも何も悔いはない…と、ホントに思っているし、そのようにダンナさんと言い合っているのですが、どうにも熊に食べられるのは痛そうだし、あまり理想的な死に方でないような気がするのです。

野生いっぱいの自然の中に入っていくのですから、当然彼らが主役で、私たちは脇役、通行人A、Bのエキストラなのです。正直なところ、熊に会うのを恐れて、山登りの地域を限定すること自体、私たちが歳をとった証拠のような気がします。若い時なら、熊よけスプレーを腰に下げてどこにでも分け入ったものですが…。

暑中御見舞いのつもりで書き始めたところ、熊談義を書いている途中で、ゾゾッと鳥肌が立って涼しくなりました。熊との遭遇は、日本の怪談より効果があると思いますよ。

-…つづく

 

 

第576回:落雷か? 熊か? ハルマゲドンか?

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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