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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第623回:山は呼んでる? ~100マイル耐久山岳レース

更新日2019/08/29




教職の特権である長い夏休みももう終わりになります。長い休みが終わりに近づくと、存分に遊んだくせに、アア~、どうしようもない学生さんを相手にまた働かなければならないのかと憂鬱になります。たくさん遊びエネルギーを補充したから、ヨシ、また頑張って、張り切って教えるゾ…となるのが普通だと思うのですが、どうにもそんな感覚が湧いてこないのは、私の歳のせいなのでしょうね。一旦学期が始まってしまえば、嫌だ、好きだという感覚はどこかへ飛んでいってしまうのですが…。

私たちの夏休みは週5日間はキャンプ、山歩き、2日間は家に帰り洗濯、次の山歩きのための仕込みというパターンで5週間過ごしました。と言うと、何かしら凄い山女、山男風に聞こえますが、このところトミに登頂率が落ち、今シーズンなど登るつもりの山、13峰のうち、どうにか登頂できたのは二つ、それも初めから目標をグンと下げて、低めの老体向きの丘クラスのテッペンに立っただけでした。

それでも、目一杯楽しみました。いつも思うのですが、ともかく家を出て、森の中、沼の畔、川辺にキャンプし、歩き回ると何かしら新しい発見があり、何度も行ったことがある馴染みの場所なのに、アレッ、こんな景色があったのかと、新鮮な喜びが湧いてくるのです。もっとも、私たちがキャンプするところ、山歩きするところは、ウチのダンナさん曰く、「1年に5、6人しか人が歩かないのではないか…」と言うような人気のないところが多く、まず、人に出会わないところが多いのです。

先週歩いた、ユタ州のラ・サル連山はそんな私たちのお気に入りの山々です。デンヴァーを近くに控えるロッキー山脈からも、ソルトレイクシティーからも相当離れているので、少し奥に入るとまるで人気のない静かなところです。

そんなところですから、森林限界まで森の中の道は鬱蒼とした涼しい木陰が続き、細い登山道も獣道(けものみち)と判然としなくなります。そんな踏みつけ道ですから、途中で消えたり現れたりで、3,000メートル以上になるとタラス(がれ場)になり、自分でとっつきやすい岩や石ころを選んで登ることになります。もちろん、相当急な箇所も多く、場所によっては両手を使い、私の技量では這い蹲(つくば)るように登らなければなりません。

初めの日、こんな人が全く来ない山道にピンクのリボンが要所要所に結んであるのに気が付きました。森林限界の上では、石を積み上げたケルンに棒を立て、その先に同じピンクのテープが結んであるのです。

2日目、私たちがウォータータイムと呼んでいる水呑み休憩で、岩に腰掛け休んでいたところ、下からゼッケン番号を付けた短パン、キャメルバッグ(背負うタイプの水筒)だけの細身の男性がかなりのスピードで登ってきたのです。

彼が、アメリカで最も風光明媚な高山で行われる100マイル(161Km)耐久山岳クロスカントリーレースのトップランナーでした。木に結んであったピンクのリボンは、そのレースコースの目印だったのです。その日は30人くらいの選手が私たちを追い抜いていきました。

もっとも、そんな細い山道ですから、私たちは脇に避け、選手に道を譲り、ガンバッテ(英語では“Go for it”と言います。ダンナさんは“Hold out!”と叫んでいましたが、そんな古臭い言い方ではランナーの誰も分からないでしょう)と、声援をおくります。

皆相当疲れていると思うのですが、通りすがりに、これまた皆一様に良い微笑を私たちに向け、「ありがとう、貴方たちも楽しんで!」と応えるのです。まるで小鹿のように軽い足取りで私たちを追い越して行った選手の30%以上は女性でした。

何でも夜中の3時に115人がスタートし、トップでフィニッシュした人は23時間、多くの選手は30時間内外、最終ランナーは38時間でゴールしたとインターネットの結果報告にありました。途中、水の補給や栄養ドリンクを摂り、スナックを齧るでしょうけど、夜中も鉢巻のようなヘッドランプを点け山道を走り抜くのです。これは自虐的というかマゾヒスティックな世界と言って悪ければ、究極の自分との戦い、精神力と肉体両方の限界に挑むレースなのでしょう。

観客が全くいない(フィニッシュラインには家族、友人たち、レース関係者、ボランティアなど100人くらい待ち構えていましたが…)孤独なスポーツなのです。元々こんな超長距離でかつ高山での山岳クロスカントリーというハードなレースに出るくらいですから、普段から相当な訓練を積んできた人ばかりなのは間違いありません。それにしても、ようやるな~…と言うのが実感です。

私たちのようにコースの途中に紛れ込み、声をかける人など全くいないのでしょう、私が、「私も貴方、貴女のように走れたら良いのにな~」とランナーに言ったところ、「今、そうして山にいることができるだけで幸せなんじゃない…」と逆に慰められる始末でした。

ダンナさん、「それにしても、あいつ等、みんな自然な良い顔していたな~」とポツリと呟きました。それは私も感じていたことでした。人に見られることを全く意識せず、ただ自然と向き合って、自分を見つめていくと、ああいう決して気張らない、見栄を張らない態度が表情に出てくるようになるものなのかしら…。

私たちは、夜、ダンナさんが仕込んだ暖かい特製シチューを食べ、ワインを呑み、テントで寝て、翌朝、ゆっくりと朝ごはんとコーヒーを摂りながら、「オイ、あいつ等、夜中じゅうズーッと走っていたんだろうな…」と言うダンナさんの声を聞いたのでした。

私たちが3日間で歩いた距離の合計はせいぜい32~33マイル(52~53Km)でした。

-…つづく

 

 

第624回:ウッドストック・コンサート

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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