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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第328回:歴史に残る名演説と演説の効果

更新日2013/09/12



8月28日、午後3時、首都ワシントンのオベリスクの周辺に集まった人々は、鐘の音に耳を傾けました。マーティン・ルーサー・キングがかの有名な"私には夢がある……"の演説をしてから丁度50年になります。マーティン・ルーサー・キングの演説は9分に満たない短いものですが、その後、彼が悲劇的な死を迎えたこともあり、歴史に残る名演説となり、彼の大きな銅像が近くに建てられました。

歴史的な演説は、シーザーの"ルビコン川……"に始まり、"鉄のカーテン"のチャーチル、アメリカでは小学生の時から、耳にタコができるほど聞かされている、パトリック・ヘンリーの"自由を与えよ、さもなくば死を……"というそら恐ろしい言葉、そして、リンカーンの"人民よる、人民のための、人民の政府"も知名度1、2を争う名演説でしょう。

最近では1961年1月20日のケネディの就任演説、"アメリカの同胞よ、アメリカが君たちのために何ができるかを問うのではなく、君たちが国のために何をなすべきかと問うべきだ……"というソビエトとの冷戦を踏まえた演説、名文句も忘れられません。

現職のオバマ大統領も大変な演説の名手で、どの演説を聴いても、人を感動させ、同調させずには置かないほどです。ですが、彼の名演説も、何度も聴いていると、自然、インパクトが少なくなっていくのは致し方ありません。

歴史的な名演説というのは、やはり、ある特定の時点に、特殊な状況の下に、民衆の精神的な盛り上がりの前で、聞く人皆をさらなる感動に誘うという要素、必然性がなければなりません。 

名演説として後世に残るには、歴史的条件、タイミングが揃っていなければならないようです。その意味では、マーティン・ルーサー・キングの"私には夢がある……"の演説には、最高の舞台装置、環境が揃っていたと言って良いでしょう。

西欧人は演説が好きです。演説の上手、下手は政治家や軍人を評価するときの大きなポイントになっています。

マイクロフォンとスピーカーが出現する前、いくら演説が上手だといっても、せいぜい数百人の群集にしか声は届かないでしょう。シーザーがパバロッティ並の美声、大きな声を出せたとしても、生の声が届く範囲なんて知れたものです。

キリストの有名な『山上での説教』にしても、まさか、キリストがベルカウント昌法を身につけていたわけではないでしょうから、彼がいくら天性の大声の持ち主だったにしろ、生の声が聞こえた人の数は少なかったことでしょう。青筋を立てて、大声で叫ぶように説教するのはどうもキリストのイメージにそぐいませんが…。

ですから、スピーカー出現前の演説の効果など、知れたもの…と言いたいところなのですが、どうして、その演説が後世に残るだけでなく、その時点でもチマタに広がり、絶大な影響を及ぼしていたようなのです。

スピーカーとラジオ、そしてテレビは、演説のあり方を全く変えてしまいました。ラウドスピーカで増幅された声は、ヤンキースタジアムに集まるロックコンサートの何万人の観衆、全員の耳に届く声が響き渡るだけでなく、放送を通じて何千万人、無限大の人に聞かせることができるのですから、演説の影響力は飛躍的に増した…といえるでしょう。

日本では、マッカーサーといえば、世界大戦後、日本を統治し、多大な影響を日本に残した人物として有名ですが、アメリカでは彼がアメリカ議会で行った演説、"老兵は死なず、ただ消え行くのみ……"が実況放送されたので知られるだけです。

日本だけではないでしょうけど、アジアの国々全般に君主が国民の前で演説をするようなことは少ないように思えます。将軍たちも閲兵式や壮行式で士気を奮え立たせるような演説はしません。

「日本で一番、誰でもが知っている演説はナーニ?」とウチの仙人に訊いたところ、しばらくウームと考えてから、「無理して言えば、ヒロヒトの"忍びがたきを忍び、耐えがたきを耐え……"の敗戦宣言だろう」と教えてくれました。

その昭和天皇の玉音放送(凄い言い方ですね)を聴いてみましたが、私の日本語の能力のせいか、モノゴトを明確に言わない日本的な習性のせいか、一体何を言いたいのか、戦争に勝ったのか、負けたのか、これからも死ぬ覚悟で戦えと言っているのか、まるで分りませんでした。

ウチの仙人の解説によって、少しは何を言いたいのか分ったような気がしますが、あれは絶対に自分の言葉ではないし、誰かゴーストライターが書いたモノを、ヒロヒトさんが必死になって読み上げていたのでしょうね。

"忍びがたきを忍び……"を聴いて、無条件降伏で日本は負けたと理解できた人は半分もいなかったのではないか…とウチの仙人は言っています。が、それにしても、ラジオ放送の力は絶大で、翌日の新聞が発行される前に、日本中の人が戦争に負けたと知ったと言いますから、"忍びがたきを忍び……"も非常にユニークな東洋の名演説に数え上げてもいいのかもしれませんね。

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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