■くらり、スペイン〜イベリア半島ふらりジカタビ、の巻

湯川カナ
(ゆかわ・かな)



1973年、長崎生まれ。受験戦争→学生起業→Yahoo! JAPAN第一号サーファーと、お調子者系ベビーブーマー人生まっしぐら。のはずが、ITバブル長者のチャンスもフイにして、「太陽が呼んでいた」とウソぶきながらスペインへ移住。昼からワイン飲んでシエスタする、スロウな生活実践中。ほぼ日刊イトイ新聞の連載もよろしく! 著書『カナ式ラテン生活』。


番外編:もろモロッコ!(1)

番外編:もろモロッコ!(2)
番外編:もろモロッコ!(3)
番外編:もろモロッコ!(4)
番外編:もろモロッコ!(5)
番外編:もろモロッコ!(6)
番外編:もろモロッコ!(7)
番外編:もろモロッコ!(8)
番外編:もろモロッコ!(9)
番外編:もろモロッコ!(10)
番外編:もろモロッコ!(11)

 

■移住を選んだ12人のアミーガたち、の巻(連載完了分)

■イベリア半島ふらりジカタビ、の巻(連載完了分)

■更新予定日:毎週木曜日

番外編:もろモロッコ!(12)

更新日2004/05/27


1月4日

朝6時、荷物をまとめてタクシーに乗り込む。朝霧が立ち込める道を、タクシーはもちろんブンブンかっ飛ばす。途中、いやに明るい一角があった。タクシーの運転手が、私とコータローを交互に指差しつつなにか説明する。閃いて「ボダ(結婚式)?」とスペイン語で訊いたら、ウン、と頷いた。フランス語でもそう言うのだろうか。どちらでも「ズボン/パンツ」は「パンタロン」らしいし。それにしても、なんちゅう勘違い!

キャリーが、「コータローとカナが夫婦で、私はガイジン・ガイドと思っているみたいねー」と笑う。コータローが、「いさ俺もばい、アメリカでキャリーとキャリーの家族と一緒におると、『そちらのガイドさんは』って言われることあるけんなー」と付け足す。どの国にもそそっかしいひとはいるらしい。……という私たちの日本語の会話がわからない運転手は、楽しそうな雰囲気だけを察し、何度も頷きながら笑っている。ま、いっか。

空港に到着。わりとひとが多い。なんせ朝7時の便が、唯一のカサブランカ行きだとか。チェックイン・カウンターの列に並ぶ。なかなか進まない。自分の順番になってわかったのだが、全部手作業でやっていた。



荷物のタグも、もちろん手書き。本当にマドリードに着くかなぁ……。


座席指定がなく早い者勝ちの席順になってしまった飛行機は、7時40分、カサブランカ空港に到着。朝食を終えて乗り継ぎカウンターへ向かうと、スークどころではない大混雑。まだ出発まで3時間以上あるとはいえ、一向に進んでいない様子や、怒号が飛び交う険悪な雰囲気に、不安になる。周囲に訊いてみると、なんとコンピュータのシステムが全面的にダウンし、発券作業が一切できないとか。さては、フェズでの手書きもこのせいだったのか? しかし、っていうか、んなバカな……。

私はともかく、キャリーとコータローは、翌朝の便でアメリカに帰る予定になっている。今日マドリードに着かなければ、その乗り継ぎもできない。実際、今朝の乗り継ぎができずにイタリアへ帰り損ねた乗客がすでに数組いて、カウンターの前に陣取り、疲れきった顔で叫び続けていた。ひえー!

詰め掛けた乗客はそれぞれが手に航空券を持ち、行き先を怒鳴っている。私たちも「マードリー、マードリー!」と叫ぶ。そのうち、出発間際の便から、その場で、もちろん手作業で少しだけ発券されることがわかってきた。キャリーと私は持ち前の義侠心というかお節介を存分に発揮し、切羽詰った乗客は前に押し出し、気の弱いあんちゃんのかわりに交渉をしてあげ、疲れ果てたイタリア人を励まし、と、あたりを仕切ってまわる。

そんなこんなで、いつしか出発5分前。「ゲートで直接交渉可能」というデマが飛び交い、念のためにキャリーがゲートに行って確認するが、まず乗り継ぎカウンターで発券を、と、けんもほろろに断られる。私も粘りの腰で「マドリー、シルブプレー(お願い)!」と何度もカウンターに確認するが、今度は「イベリア航空の分は、発券するチケットの台紙そのものすらない」という、ご無体な理由で首を振られる。えー!!

腕時計は、無常にも出発時刻を示している。焦る、なんてもんじゃない。と、カウンターの端で「マドリー?」と小さな声がした。乗客が、係員にパスポートを渡すのが見えた。っおっしゃいまだぁっ! と思うのだけど、遠くて届かない。と、他の乗客が「こっち、寄越せ!」と手を差し出す。私たちのパスポートは、何人かの手を経て、カウンターの上に置かれた、らしい。キャリーと「パスポートちゃんとあるか、見える? ここで盗られたら最悪!」とオロオロしていると、再び人づてに、チケットが手渡されたてきた。「メルシ! メルシーねーっ!」 叫びつつ、ゲートまで全速力でダッシュ!


出発時刻を20分過ぎたところで、なんとか機内に入ることができた。汗だくだく。3人続きの席なんて余ってないから、バラバラに、心底ぐったりと座り込む。とりあえず乗れて良かった、とは思うのだけど、最後の最後にいちばんモロッコらしい洗礼を受けてしまったぜぇ……。脱力。

とか言いつつ、まずいサンドイッチを食べながらワインの炭酸割りを飲んだらやや元気になり、両側に座る男性と喋りはじめる。左側はモハメド。モロッコ人で、これからパリへ行くのだという。20代前半か? 右側はドイツ生まれのモロッコ人ということで、30代半ば、これからベルリンへ行くという。名前は、アリだとか。私は思わずお互いを指差して「あら! モハメド・アリ!」と叫んでしまった。さしずめ真ん中の私はナカグロ(・)ね。

これをきっかけに、モハメドとアリも、顔を見合わせて自己紹介。マドリードまで、3人で喋りながら行くことになった。それぞれのお国自慢をしたり、数字をそれぞれの言葉で書いたり。なかなか楽しい時間となった。私も人懐っこいが、今回であったモロッコ人も、わりと人懐っこかったなぁ。

 


モハメド筆。左から1、2、3……となるらしい。彼らは漢字を見て「けったいな文字やなぁ」と、興味津々だった。


予定時刻よりだいぶ遅れて、飛行機はマドリードに到着。心配していた手書きタグ付き荷物も、無事に出てきた。出迎えのツレアイに熱い抱擁をする気力もなくぐったりとしたまま帰宅した後、それぞれお昼寝。あー、南京虫のいないベッド、トイレットペーパーのある水洗トイレ、「タカクナイ、オカチマチ・プライス!」と袖を引かれない静寂!!


一休みして元気を取り戻した4人は、近くのバルでタパスのディナー。久しぶりのスペイン料理にがっつきつつ、「いやぁ、タジン、美味かったのなんのって!」「一日いちタジン、って合言葉にしたんだよ」「レモン・チキン・タジン!」「あぁ、本当、美味しかったなー!」「ゆで卵のタジンも良かった」「カレーパンみたいなんよ」「ティネリールの、挽肉の卵とじの、なんだっけ、カリア!」「あれ、美味かった!」……。正月も毎日レトルト食品を食べていたというツレアイに、タジンの魅力を語りまくる。

話は止まらない。「すごい綺麗だったの、アトラスにねー、雪あって!」「そう」「2回、山越えしたからね」「えぇ」「それでね、もう!! すごかったの!」「なにが? お前の言うことはいつも……」「サーハーラー!」「へーえ」「まず星がね、こう、夜空全部うわーって星なの」「あれはなかなかすごかった、うん」「ケニアと同じくらいね」「で、砂漠は?」「もう!!」「わからんっちゅうねん」「砂が赤くてサラサラで」「へぇ」「日の出も良かったし」「寒かったけどねー」「へーえ」

「湯川くんもいつか行ったらいいよ」と、コータロー。「そうですね、近いよー。すぐ隣ね」と、キャリー。「ええ、そうですねー」と、ツレアイ。「マジ! タジンうまいし。自然はもうすごくキレイだし。ひとも、良かったよ。本当、モロッコ、最高だから!」 もちろん、私。

あれれ、いつの間に。南京虫や、コンピュータのシステム・ダウンや、寒すぎた夜や、しつこい客引きや、そういうのはぜんぶ消えて、というか、そういうのもぜんぶ含めて、ものすごくモロッコが好きになっていた。家に帰っても私は話し続けた。「すごいの、加藤茶の店もあんの、砂漠の街道に」「なにそれ?」「あのねー、あっ、ていうかそれより、絶壁もすごかった」「加藤茶の?」「違う、もう別の話」「わからんっちゅうねん」「ソニーのバッグとか売ってるし」「は?」……。


翌日、キャリーとコータローが、モロッコ土産のランプやタジン鍋やワインを抱えて帰国した。それから5ヶ月経ったいまでも、私はモロッコのことを喋り続けている。パソコン・デスクの上のサハラ砂漠の赤い砂が、キッチンの戸棚の中のタジン鍋(最終日前日、私がダウンしている間にキャリーがかって来てくれた)が、今度はツレアイと一緒においでと呼んでいる。いつかきっとまた行こう、なんせ隣の国だし。あいつにも、サハラ砂漠見せたい。一緒に、タジンに舌鼓打ちたい。

もろモロッコ……。ちなみにスペイン語で「モロ(moro)」とは、中世、イベリア半島を支配したイスラム教徒のことを言う。グラナダにアルハンブラ宮殿が建てられたのも、コルドバでアリストテレスがラテン語に翻訳されたのも、トレドでアラビア伝来の菓子マサパンが作られはじめたのも、みなこの時期だ。この時期があったこそ、スペインはかくも魅力的なのだと、私はいま、深く確信している。いや、ホント。



タジン鍋の外観。あぁほんと、美味かったなぁ……。

 

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