更新日2002/03/25
前回、「~することができる」は、上手な文ではないと書きました。しかし、日常の会話では良く使いますし、テレビやラジオからもたくさん聞こえてきます。前回のような指摘がなければ、疑問に思わないまま使い続けてしまうでしょう。実はこれにも理由があります。それは「言葉のリズム」です。
あなたはこれまでにいろいろな文章を読んだことでしょう。その中で、さらさらと水が流れるように読める文章と、なぜか途中で引っかかって読みづらい文章があることに気づきましたか? その違いが言葉遣いのリズムです。
A 駆け出す美紀を追いかけて、花子も部屋を飛び出した。
B 美紀が駆け出したら、花子も部屋から出て追う。
AとBの文はどちらも同じ意味です。しかし、ほとんどの読者はAのほうが読みやすいと感じるでしょう。短い文では違いが判りにくいと思います。何度も繰り返して読んでください。Bのほうが短い文章ですが、読みやすさはAのほうではありませんか? 今までに多くの文章を読み、読みやすい文章を書ける人は、この「言葉のリズム」をが身に付いています。では、日本語のリズムとはどのようなものでしょうか。今まで知らなかった人はビックリしますよ。心の準備はいいですか? それではお教えしましょう。
日本語のリズムは、俳句のリズムです。
どうですか、ビックリしましたか? 具体的には五七調や七五調などのリズムのことです。日本語は、五音と七音のリズムで書くと読みやすくなります。これは話し言葉にも共通します。つまり、日本人の脳は、五音七音のリズムで言葉を認識していると言えそうです。では、先ほどの例文を検証してみましょう。
A 駆け出す美紀を 追いかけて、花子も部屋を 飛び出した。
7音 5音 7音 5音
B 美紀が駆け出したら、花子も部屋から 出て追う。
9音 8音 4音
Aは7音と5音で統一されているため、読むリズムが整っています。Bは音数が長めで、リズムを取りにくくなっています。このリズムの乱れが、読みにくい文章の原因です。では、身の回りにあるいろいろな言葉や、モノの名前、キャッチコピーなどを調べてみてください。判りやすい言葉のほとんどが5音や7音でできているはずです。文章を書くときに、読み返してどこかが不自然だと思ったら、リズムを整える作業をしてください。このとき、5文字、7文字ではなく、5音、7音であることに注意しましょう。たとえば、「プロバイダー」はという言葉は6文字ですが、音数では「ダー」を1音として数えるため5音になります。撥音(ん)や促音(っ)も音数には数えません。余談ですが、撥音や促音という言葉は覚えにくいですね。私は「パンツの撥音」「ソックスの促音」と覚えています。
日本語の難しさは、5音や7音できっちり統一してしまうと、それもまた読みにくくなってしまうことです。読みにくいというより、都々逸や講談になってしまいます。古めかしく、芝居がかったり、押しが強すぎたりふざけた印象になりかねません。そこで、全体的には5音7音のリズムを持ちながら、それがくどくならないように微妙な加減で崩すことも大切です。きちんと楽譜があっても、上手な演奏家はちょっと崩して奏でることがあります。そのほうがリズムに表情が出るからです。ただし、全体のまとまりを考えて上手に崩さないと失敗します。
では、文章を書くリズムを上手に崩すにはどうしたらいいのでしょうか。もっとも簡単な方法は、7音のリズムを4音と3音に分解することです。Bの文では9音の部分がリズムを崩していますが、これは9音の言葉が3音+6音の言葉でできているからです。同じ9音の言葉でも4音+5音にすれば、4音+本来のリズムの5音となるため、違和感が解消されます。また、撥音や促音を使って「ん」や「っ」を1拍として数えることで、1音のリズムの代用にも使えます。また、4音の連続や3音の連続が、感情を表す言葉として効果的な場合もあります。
C 君を守ろう。そのために僕は鍛える。(7+5+7)
D 君を守るために強くなるよ。(3+3+3+3+3)
Cは定石どおりの音数です。でも、Dのほうは説得力があるような気がします。私はこれを「ビートが効いた文」と呼んでいます。絶対にリズムを守りなさい、ということではなく、リズムに気を配って書いてください。
「~することができる」は、5音7音の文章にとてもなじみやすい言葉ですのでついつい使ってしまいます。しかし、リズム感にとらわれてしまうと、間違った言葉や判りにくい言葉遣いになるという良い見本です。間違った言葉やリズムの悪い部分を直すには、同じ意味でもリズムの異なる単語をたくさん知っていたほうがいいでしょう。語彙を増やす意味はそこにあります。
→ 第4回:話し言葉を追放せよ