第7回: カッコわるい
作文が好きな人が、それにもかかわらず読みやすい文章を書けない。原因はハッキリしています。"書きたいキモチのまま書いている"からです。"書きたいから書くのだ、なにが悪い"そう思う人は修行が足りません。プロのライターは違います。
"書きたいこと"ではなく"読ませたいこと"を書きます。伝えたいテーマを、どのように書けば読んでもらえるか。どんな言葉を選べば理解してくれるか。常に心がけています。書きたいことを書くだけ"では商品として成立しません。
"北の宿から"という演歌の一節に"着ては貰えぬセーターを、寒さこらえて編んでます"というフレーズがありました。着て貰えないセーターなら、上手に編まなくてもいいはずです。気持ちの整理が付くまで、すきなだけ編み棒を動かしていればいい。腕が3本になっても構わない。
でも、着て貰うセーターはそうはいきません。サイズは合うか、色の好みは間違っていないか、編み目は均一になっているか、いつも着る人のことを配慮するはずです。そう、文章も同じ心がけが必要です。
このコーナーでは"わかりやすい文章とはなにか"というテーマで書いています。わかりやすい文章とは、書き手の"読ませたい気持ち"がこめられた文章です。前回は漢字とカタカナについて配慮しようと書きました。今回はもうひとつ、配慮、というよりも"禁じ手"を紹介します。なるべく使わないで済ませたい、ではなく、使わないほうがいいテクニック。
それはなにか。
丸カッコ"( )"です。
丸カッコの使いかたは"補足説明"です。難しい字の読み方や、難しい言葉を説明するために使います。例えば、
A・私は富山県立石動(いするぎ)高等学校を卒業しました。
B・鹿児島空港に着陸する飛行機は北側からILS(電波誘導)進入ができない。
のように使います。カッコを使えば、文章の途中に説明文を入れても文章そのものは切れません。とても便利な記号です。便利なワザを使うと、何だが文章が上手くなったような気がします。テクニックを使いこなしているぞ、という充実感も多少は得られるかもしれません。これが重大な落とし穴です。
テクニックに溺れた例を示します。
C・私は大森から京浜東北線に乗って田町で降り(この電車は有楽町に止まらない)、山手線に乗り換えた。
なぜこの例文がダメか判りましたか? 答えは、"カッコの中身が長すぎる"です。カッコの中身が文として成立するときは、きちんと文として独立させたほうがわかりやすくなります。
D・私は大森から京浜東北線に乗り、田町で山手線に乗り換えた。なぜなら、昼間、京浜東北線は有楽町に止まらないからだ。
こうすれば、"私の行動"を書いた文と、"私の判断"を書いた文が明確になります。Cの文は時系列に沿って書かれています。これは書き手の都合に合わせた書きかたです。しかし、読む側としては、田町で降りたところで話の腰が折れてしまうので、駅の外に出たという誤解を誘います。カッコを付けずに、丁寧に文を書いたほうがわかりやすいと思いませんか?
AとBも書き替えて判りやすくしてみます。
A・私は富山県立石動高等学校を卒業しました。石動は"いするぎ"と読みます。難しい名前の地名としても有名です。
B・鹿児島空港に着陸する飛行機は北側から電波誘導の進入ができない。
Aは、目で読む文である以上、読みかたの説明は後回しでもよいという考え方です。Bは、専門用語を使わなくても意味が伝わるなら、専門用語は使わない、という考え方です。丁寧な文を書けば、カッコなしできちんとメッセージを伝えられます。カッコがついているとカッコワルイ、と覚えましょう。
作文が好きな人はたくさんいます。インターネットにはこのページを含めて何万ものWebサイトがあります。そこには、学術論文、エッセイ、日記、提言などさまざま種類の文章があります。しかし、よい文を書く人は少数で、大多数はとても読みづらい文章です。読みづらい文で書かれたページに出会ってしまったら、読者はスグに別のページへ行ってしまうでしょう。
なぜなら、読者が文章に求めている要素は、"おもしろい"あるいは"役に立つ"のどちらかしかないからです。読みづらい文章はおもしろくないし、解読に手間取るような情報は役に立ちません。あなたが素晴らしい意見や主張を持っていたとしても、読んでもらわなければなにも伝わりません。
文章には、高度なテクニックは不要です。とにかくわかりやすく、丁寧に。あなたがテクニックだと思っている文章作法があるなら、まずはそれを疑ってください。
■著作権法に基づく引用元の表記
"北の宿から" 作詞/阿久 悠
→ 第8回: 文末に変化を