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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第632回:地を這う航空機 - 山梨リニア実験線 3 -

更新日2017/06/01


リニア実験線の車両はL0系という。エルはリニアの英語の頭文字、ゼロは最初の車両。イチではなくゼロとした理由は、東海道新幹線の初代車両、0系にちなんだと言われている。ただし、東海道新幹線の初代車両は開業時から0系と呼ばれてはいなかったという。東北新幹線向けに200系が登場し、東海道新幹線の後継車種として100系が企画された。これらと区別するために000系、0系と呼ばれるようになったそうだ。


搭乗中のL0系

L0系は営業運転に向けた試作車だ。乗客を乗せ、長編成で走らせる。乗り心地やすれ違い時の影響、長期にわたる機器や軌道の耐久性能を試験する。12年後に予定される開業時に、L0系が現在と同じ仕様とは思えない。しかし、大きな違いもないと思う。客室設備は質素で、実用的。素材や軽量化にお金がかかっているかもしれないけれど、高級感やくつろぎの演出要素はない。現在の東海道新幹線に通じる。

客室には4列座席が並び、各座席の横に航空機のような小さな窓がある。ほとんどトンネル内を走るとはいえ、駅の様子がわかる。地下鉄にも窓があるから、やっぱり窓は必要らしい。窓などなくして液晶パネルを置き、外の景色を擬似的に投影してくれた方がおもしろいと思う。


車内は行楽客でいっぱい

窓の上に荷棚がある。今日は誰も置いていない。試乗会では大きな荷物を持ち込まないよう注意書きがあった。そもそも本当の旅行移動ではないから、旅行鞄を持ち込む人はいない。天井には液晶モニターが取り付けられている。ここには現在位置、速度などが表示される。景色のない列車の中で、もっとも注目される物体である。

座席に座ったまま、すこし背を伸ばして車内を見渡してみた。気軽な服装が多く、帽子を被った頭もいくつか。スーツ姿がないから、新幹線のようで新幹線らしくない様子であった。座席の背面にテーブル、ポケット、ドリンクホルダーがある。パタパタと動かす人はいるけれども、もちろん使う人はいない。


足下に送風ダクト。営業開始時はコンセントが必要かも?

L0系がゆっくりと走り始めた。助走である。推進力ははじめから磁力だけど、浮上するまではゴム製タイヤが車体を支えている。ざらざらとした接地感があり、新幹線と変わらない気がする。液晶パネルの速度表示がぐんぐんと上がっていく。現在の新幹線でも表示してくれたら良いのに、と思う。

時速160キロを超えると浮上モードに入り、振動がすこし収まった気がする。これはちょっと意外だった。もっと静かになると思っていたからだ。浮いた感じはしない。ジェット旅客機の機内にいる感覚である。リニアモーターカーだから特別な感じがある、というわけではない。


時速500キロの瞬間

ジェット機の離陸の瞬間、主翼の前方の座席では浮く感覚が強い。しかし主翼の後方の座席はいったん沈む感覚がある。さて、リニアモーターカーは、地上走行から浮上飛行になる瞬間、どんな挙動になるか。そこが私の主な関心だった。ふわりと浮く感じになるか、それとも、車輪を格納する瞬間、車体の重みでちょっとだけ沈む感じか。

答えはどちらでもなかった。浮遊感はない。ちょっとガッカリだ。そういえば、リニモこと愛知高速交通も浮遊感がなかった。浮上式だけど、しっかりした足取りで衝撃は少ない。案外普通な感じだなと思った。今回も同じだ。


現在位置表示も出る

1回目の走行は距離が短いため、時速500キロまで出せない。時速280キロを超えてしばらくすると減速が始まった。減速感は少ないから、液晶モニターの数字がなければわからないかもしれない。しかし、地上走行に切り替わる瞬間、ガガガッと振動が伝わってきた。ああ、これは飛行機の着陸と全く同じだ。そうか。これはもう、飛行機だ。ジェットエンジンを使うか、リニアモーターに引っ張られるかの違いしかない。

ちょっとだけ景色が見える区間があって、L0系はトンネルの中で停車した。ここが東京側の折り返し地点だ。モニターで走行試験の内容が紹介されている。実験線は一直線ではなく、半径8,000メートルの曲線も作られている。しかし、車体の傾斜をコントロールしているため、曲線走行の遠心力は感じなかった。良くできていると思う反面、特別なことがなくて寂しくもある。


搭乗終了後、出口からの眺め

座席の向きはそのまま。L0系は逆向きに動き出した。こんどは実験線の端から端までを使い、時速500キロを出す。実験線のほとんどはトンネルの中だから、モニターの速度表示を見ないとわからない。モニターには先頭車両から見える展望風景が表示されている。ずっとトンネルの中で、300キロも500キロも同じような風景だ。スピード感に麻痺してしまったけれど、チューブを走り抜けるという未来感はある。

実験センターの駅施設を一瞬で通り抜けてトンネルの中へ。名古屋側の折り返し地点はトンネルの外だった。景色を楽しむ区間もやや長い。地図を見ると、リニアの見える丘花見山展望台がある。トンネルばかりのリニア新幹線で、走行風景を眺める場所は少ない。笛吹市に駅はできないけれど、観光には役立ちそうだ。行ってみたい。


見学施設に寄ってみた

こんどは座席が進行方向を向いた状態で、時速500キロで東京側折り返し点まで走る。離陸と着陸の感動も経験したあとだから、ダメ押しの体験のような気がする。なにしろ、新しい感覚がない。地上走行中は新幹線と変わらない。浮上中はトンネル内であることを除くとジェット旅客機のようだ。風の中を進むなりの音や揺れがある。隣の席の母は退屈したようで、このときは居眠りをしていた。


歴代実験車両の模型があった

正直な感想としては、「リニアだからって特別なことはないんだな」であった。しかし、試乗を終えた帰路。特急かいじの車内で、リニアってすごいなと思い直した。特別なことはなかった。しかし、時刻500キロだ。離着陸時のシートベルトはなく、営業運転後は通路を歩いてトイレにも行けるだろう。特急かいじの車内と同じ状態で時速500キロだ。


保線車両のそばを通過するL0系

品川~名古屋間は40分だから、車内販売はないかもしれない。しかし、現在の新幹線のように、駅弁やホットコーヒーも楽しめるだろう。もちろんそれは旅客機の機内サービスも同じで、あちらもすごいことだと思う。しかしリニアにはシートベルトがない。

営業運転はどうなるのか。自由席ができて、座れなければデッキに立ってという状態もあるだろうか。なにしろ40分である。お盆や年末年始には、立ったままでも良いから乗りたいという人もいるかもしれない。

劇的に速い。しかし何もかもいままでどおり。特別な感想を抱かせないところが、リニア新幹線のすごさだった。


帰りは特急かいじで

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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