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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第633回:平屋は快適! - 寝台特急カシオペア2015 1 -

更新日2017/06/08

2015年11月22日。上野駅13番ホーム。銀色に5色の帯をあしらった客車が停まっている。16時20分発の寝台特急カシオペアだ。私にとって3回目の乗車、下り列車は初めて乗る。全席A寝台2人用個室の列車だから、今回も同行者がいる。会社員時代の先輩のM氏である。今回で6度目、私の旅の準レギュラー……といっても、前回の寝台特急あけぼのの旅から4年ぶりだ。


上野駅に着いたときは入線済みだった

私たちは上野駅で待ち合わせた。一緒に列車の入線を見物したかったけれど、私は所用があって間に合わない。母の実家で、80年も続いた銭湯が閉店するにあたり、建築を学ぶ学生有志がお別れイベントを開いてくれた。初孫として見届け、お礼を申し上げたかった。宴の途中で失礼して、母に飼い犬の留守番を頼む。13番ホーム到着は16時少し過ぎていた。


機関車は北斗星色。ちょっと残念

早めに来て撮影していたM氏と合流し、7号車1番個室に入った。カシオペアツイン、車端部の平屋タイプだ。これは私のリクエストである。1回目はカシオペアツインの1階、2回目はカシオペアスイートのメゾネットタイプだった。3回目は平屋構造を希望した。

E26系客車で平屋構造といえば展望スイート、デラックス、コンパート、ツインの4種類があり、スイート、デラックス、コンパートは1部屋しかない。どれも人気で入手は難しく、コンパートは車イス利用者優先である。ツインの平屋も数が少なく、よく取れたなあと思う。乗り込むと、天井が高いため、想像していたより広く感じる。1階、2階のツインより快適だ。

「Mさん、これは良いですよ。ツインの2階より広いし」
「台車の上だから人気がないって話もあるけど、いいね」
「サスペンションが良いからゴツゴツした揺れはないし、台車からの音が少しくらい聞こえても、僕らにとってはむしろ嬉しいですよねぇ」




カシオペアツインの平屋タイプ。
二段ベッドとしリビングを広く取っている

列車が定刻に発車する。客車列車ならではの静かな出発。日本最高峰の列車にふさわしい。ああ、これから長い旅が始まるのだな、と思う。この瞬間を楽しむ機会はどんどん少なくなっている。カシオペアが廃止されると、寝台特急は東京と出雲市・高松を結ぶサンライズだけだ。サンライズは電車だし、ひとり用個室は快適とは言え狭い。今日の体験の一つひとつが名残惜しい。

ウェルカムドリンクをいただきつつ、M氏が立て替えてくれた切符代を精算すると、やっと気持ちが落ち着いてきた。旅立ちの高揚感を鎮めるように秋の日は落ちていく。M氏の実家がある大宮の通過時は黄昏時、宇都宮に着く頃は真っ暗になった。


下り列車は展望ラウンジ側に機関車が付く

この旅のきっかけはM氏のお誘いだった。3月に寝台特急北斗星の定期運行が終わり、カシオペアの運行終了も時間の問題となっていた。9月はじめに来年3月の廃止方針が報じられた。そんな頃に、M氏から「お名残乗車はしないのか」とお誘いをいただく。

正直なところ、迷った。カシオペアの廃止は残念だけど、私自身に悔いはない。2回も乗っているし、食事のコースを含めると、かなりお金がかかる列車だ。その予算があれば、他の未乗路線に乗れるという気持ちがある。いや待てよ、カシオペアで北海道に行くなら、JR北海道の未乗路線に乗る機会もできるわけだ。

そこで、僭越ながら、会社員時代の先輩のM氏に条件を出した。カシオペアでは平屋タイプの部屋に乗りたい。札幌から先は私の行程に付き合ってほしい。それが無理なら、札幌から自由行動とさせてほしい。甚だ生意気とは思ったけれど、M氏は承知してくれて、平屋タイプのツインを予約し、札幌以降も同行していただけることになった。

宇都宮駅を発車してしばらくすると、食堂車のディナーコース2回目の案内放送があった。私たちの時間である。楽しみにしていたM氏は嬉しそうで、私はちょっと憂鬱である。カシオペアの体験はディナーコース抜きには語れない。しかし、生鮮魚介類が苦手な私にとって、メニューの半分は食べられないか不本意である。


フランス料理コース 前菜のオーブドル


真鯛のソテー

日本では何かというと鮮魚が出てくる。なぜだ。思考停止ではないか。前菜の“海の幸とグリーンアスパラムースのサラダ仕立て”はまるごとM氏に進呈する。真鯛のポワレは火が通っているから食べられる。良い按配に潮の香りを残しており、魚好きには嬉しいだろうけれど、私には気になるところだ。気取ったサイズの牛フィレ肉のソテーはおいしくいただいた。


ビーフステーキ 上品なサイズと味

デザートはケーキとアイスクリームの盛り合わせ。それぞれ5年前に母と乗った時とは違う料理だったけれど、構成は同じだ。リピーターを喜ばせようという工夫を感じられない。人気があったし、2度目の客たちはハブタイムにアラカルトを頼むという選択肢もあるだろう。それにしても、冒険心のない食堂車だ。


デザートプレート。ケーキに北海道のカタチのチョコレート

このまま続ければお客様には飽きられると思う。北海道新幹線開業がきっかけとはいうけれど、この列車自体が潮時だと思った。飽きられて空席が目立つようになって廃止となるより、有終の美を飾ったほうがいい。私は楽しそうに食べているM氏に調子を合わせつつ、部屋に戻ったらおやつを食べよう、何を持ってきたっけ、などと考えていた。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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