第397回:されど、50メートル - 豊橋鉄道渥美線 -
豊橋鉄道渥美線は2004年2月以来、約7年半ぶりの訪問となる。既乗路線より未乗路線に乗りたいけれど、今回の再訪には理由がある。2008年に50mだけ線路が伸びたからだ。訪問当時、豊橋鉄道の新豊橋駅は、JR豊橋駅と少し離れていた。しかし新豊橋駅の改良で、50メートルだけJR豊橋駅に近くなった。
たった50mなんて電車3両分である。単なる駅構内の改良だから、無視しても良さそうだ。実際、乗車記録簿を書き換えようとは思わないけれど、路線が伸びたとされると気になる。わざわざ行くほどでもない。でも、機会があれば乗っておきたい。今回の伊勢湾フェリー経由がまさにちょうどいいタイミングであった。
もうひとつ、渥美線には『杉山駅』がある。電車3両分である。地縁も血縁もないけれど、自分の姓と同じというだけで親近感がある。7年半でどれほど様子が変わっただろうか。そこにも興味がある。
三河田原駅は大名屋敷のイメージ
三河田原駅でバスを降りると高校生が大勢いた。下校の時間だ。女の子のほうが多い。男の子は長距離でも自転車や原付を使うのだろうか。駅前広場を見渡せば、なんとなく様子が変わった気がする。もう少し広かったような……。駅の向こう正面には昭和の面影を残す2階建てのビルがあって、場末感のあるスナックが入っていたはずだった。
そう思うと駅舎も見覚えがない。きれいだから建て替えたのかもしれない。フェリーターミナルで買ったきっぷを見せつつ駅員に訊ねると、「いや、そんなに変わってないですよ」という。思い過ごしだろうか。以前来た時は、駅前に興味をひくものがなく、乗ってきた電車で折り返している。「電車に乗った」「駅で降りた」と言っても、実際はちゃんと見ていなかったらしい。そういえばあの時は寝不足だった。ムーンライトながらで未明の豊橋駅で降り、路面電車の始発を待って、次にこちらという行程だった。
どこか様子が変わった駅前広場。中央のポストのあったあたりの建物がなくなっていた
豊橋鉄道の電車は元東急電鉄の7200系だ。これはあの時と変わらない。正面が平面ではなく、三角に出っ張る形だ。デザインの手が入り、ちょっと宇宙船を思わせるところがあって好きな車両だった。そんな電車が、故郷を引退しても元気で活躍していると嬉しい。リノリウムのツルツルした床をつま先が覚えている。ロングシートの柔らかさを尻が覚えている。
三河田原駅から四つめが杉山駅だ。車内放送を訊けば、二度目とはいえ懐かしい。空いている電車だけど、電車が停まる前からドアの前で待機。降りる時に車掌さんにきっぷを見せたら、一瞬手が止まり、そのまま受け取った。「新豊橋までのきっぷだけどいいの」と訊かれるかと思った。でも、ここまで乗れば元はとれているはずだ。いままでにも、下車前途無効のお客さんがいただろう。
東急から移籍した電車。さまざまな帯色がある
7年前に訪れた時は、あたりに立ち込める堆肥の匂いでむせ返りそうになった。今日も覚悟していたけれど、それほどでもない。駅の周りの風景はあの時と変わらなかった。駅前の小さな商店もそのままあった。7年半前、この店の主人にカメラを預けて、私と駅名標の記念写真を撮ってもらった。その男性の姿は見えなかった。しかし、あの時ひっそりとしていた店は今日は賑やかだ。若い夫婦と小さな子供が遊びに来ている。あとから年配の女性も出てきた。きっとあの人の家族なのだろう。
杉山駅。待合室も商店も7年半前のまま
変わったところといえば、駅名標が架け替わっていた。ひらがな版と漢字版があり、電車のマークがあったり、駅番号がついたりしている。ユニバーサルデザインというやつかもしれない。しかしその他は昔のまま。洒落た待合室もそのままであった。
リニューアルされた駅名標。漢字とひらがなの2種類ある
駅の周りをひと回り歩いて、次の電車に乗った。愛知大学前駅の先、地下トンネルを出ると『小池』という駅がある。あの時は気に留めなかったけれど、これは私の出身小学校と同じ名前である。杉の山も小さな池もいたるところにあり、私が知っているそれらとは縁もゆかりもない。
小池駅。私の出身小学校と同じ名前
さて、次に注目すべきは新豊橋駅の行方であった。JRの線路を超えると柳生橋駅。ここを出て踏切を通過すると線路が増える。昔は駅だったという信号場があり、東海道本線と並んだ。その間に留置線があって、かつて渥美線と東海道線はちょっと距離をおいて並び、カーブして新豊橋駅に進んでいた。それが今は素直に東海道線に寄り添い、まっすぐ進んで新豊橋駅に着く。
旧新豊橋駅は片面ホームに線路1本だった。新駅は両面島式となり線路が2本である。まだコンクリートが新しいホーム。電車が到着すると待機していた電車がすぐに発車できる構造だ。以前は電車が到着、降車、乗車、発車という手順だった。今は車両を交代してすぐに発車できる。だから運転間隔を短くできるという仕組みだ。
新・新豊橋駅。1面2線になった
改札口の手前の壁に『豊橋銘木30選』と紹介されたオブジェがある。7年半前の、昭和の匂いが染み付いたコンクリートとは大違いで、明るく清潔な雰囲気になった。コンクリートの柱も木のパネルで覆われている。これならお客さんも働く人も気持ち良いだろう。私はしばらくそこに佇み、ゆっくり改札を出た。
木のぬくもりを活かしたコンコース
ふと駅の窓口を見ると、駅名標グッズが並んでいる。もちろん杉山駅もあった。鉄道グッズを集める趣味はないけれど、これは私の名前と同じだから実用的だ。キーホルダーと携帯電話ストラップと携帯電話画面クリーナーの3種類。杉山駅を3種類二つずつくださいと言うと、キーホルダーは在庫があって、携帯電話グッズは品切れとのことだった。
「それは残念、僕の駅なのに」と運転免許証を見せたら、「ちょっと待って、2階の店にあるかも」と言って、後ろにいた職員が電話をかけ始めた。「いや、みなさん駅業務があるだろうし、自分で行きますよ」と言っても手を止めない。そんな彼らの親切も届かず、在庫はないとのことだった。それでも私は感謝してキーホルダーを二つ買った。
携帯電話ストラップのほうが宴席で話題にしやすいな、と思いつつ、もう一度訪れる理由ができたと思えば、その発想も悪くない。それに、このあと豊橋にはもうひとつ、訪れる理由ができた。
新豊橋駅駅前広場。中央が現在の駅。左の奥に旧駅舎があった
-…つづく
第397回の行程地図
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