第42回:メキシコシティのナイフ強盗
更新日2003/01/09
メキシコシティは大都会である。シティの中心地には高層ビルが建ち並び、車の洪水状態だ。排気ガスも凄まじく、シティに住む人は空気のきれいな郊外に住みたがる。そんな都会風情を楽しみながら、のんびり歩きながら日本人に有名な安宿"ペンション・アミーゴ"をめざしていた。
時刻は朝の10時。別のゲストハウスに宿泊していたため、散歩がてらに見学に行くところだった。シティの中心を歩いていると、何回か警察官のパスポートチェックを受ける。なにかイチャモンをつけられて賄賂でも払わされるのかと思ったものの、考え過ぎのようだった。そして、大通りから脇道にさしかかったとき、後ろから一人の若者がついてくるのに気がついた。
「ペンション・アミーゴに行くのか? ここから5分ぐらいで行けるぞ。俺は近くのホテルで働いているんだ。ボクシングをやっていて、チャンピオンになったこともあるぜ」
若者は、いつの間にか近づき、並んで歩きながら一方的に喋っている。どこから見てもホテルの従業員のような風貌には思えない。
ボクシングの真似をして威嚇してくるので、「俺は空手をやっている」と言い返し、空手の真似をすると、少しおとなしくなった。そして、ペンション・アミーゴに続く細い道に入った時、若者が豹変した。
前に廻り込み、行く手をさえぎると、「金を出せ」と叫び、ポケットから小さなナイフを取り出した。やっぱり…と思いながら、「小銭しか持っていない」と言いながら、ジーンズのポケットから小銭入れを取り出すと、「嘘つけ、そっちのバッグに金が入っているだろう。バッグをこっちによこせ」と叫ぶ。
実際、バッグの中には、旅行費用の多くが入っていた。これはヤバイ…と思い、とっさにジーンズの前ポケットに入っていた紙幣と小銭を男の目の前に投げ捨てた。全部で50ドル程度はあったろうか…、男の足元に散らばったお金に目が移った隙に、走ってその場を離れた。
振り返ると、男は追ってこない。散らばったお金を拾い集めている。たまたま通りかかったタクシーを止めた。
「きっとそれは、日本人を待ち伏せしていたんだよ。警察に行くか? 一緒についていってあげるよ」
そう言うタクシーの運転手の申し出を断り、宿泊していたゲストハウスに戻った。ゲストハウスのママさんに、コトの次第を話すと、横で聞いていた大学生の娘が申し訳なさそうに下を向いた。
「メキシコにもいい人もいるし、悪い人もいるわ。ペンション・アミーゴの辺りは治安があまりよくない地域だから…。でも、本当にごめんなさい。このことでメキシコを嫌いにならないでね…」
数時間後、今度はお金を持たずに強盗現場に戻ってみた。周辺を探してみたものの、あの若者の強盗は見当たらない。そこには、子供たちが笑顔で遊んでいる日常的な光景があるだけだった……。
→ 第43回:ロシア、モスクワ空港警察官の小遣い稼ぎ