サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 4 歌 魔法の指輪
第 4 話: ギネヴィア姫の危機
さて前回は、船が嵐の海に翻弄され、打ち上げられた樹々が鬱蒼と茂るスコットランドの岸辺から森の奥へと向かったリナルドが、大きな僧院を見つけ、修道僧たちの歓迎を受け、豪華なご馳走ですっかりお腹がいっぱいになった頃に、実は、と老僧侶が話し始めたところまででした。老僧侶は、こんなことを言い始めました。
私たちの王さまは心痛のあまり病に伏しています。
このままではこの世を去ってしまわれるかもしれません。
それというのも、王さまがこよなく愛する一人娘の
王女さまの命の炎が
今にもかき消されそうなのです。
美しい姫ギネヴィアさまは……
ギネヴィアという名を聞いて剛勇リナルドの血が一瞬にして沸騰するほどに熱くなった。なんと、かのアーサー王の王妃と同じ名前ではないか。なんという巡り合わせ。リナルドはもうすっかり自分が伝説のアーサー王の右腕にしてギネヴィア妃の秘めた恋人、湖(みずうみ)の騎士ランスロットになったような気持ちになり、身を乗り出して老僧侶の話を聞いた。それはこのような、切羽詰まった話だった。

ギネヴィア姫は、王さまに叛意を持つある公爵の悪意によって死罪にされようとしております。ご存知のように騎士の世界では、淑女たるもの、夫以外の男と通じてはならない定めになっております。婚礼の前の乙女であればなおのこと、婚礼を迎えるまで清らかなままでいなければなりません。
ところが悪意の公爵の悪巧みで姫は無実の不義を仕立て上げられ、それを信じた一人の騎士が、ギネヴィア姫の不義を王さまに訴え出たのです。もちろんそんなことなどあるはずもありません。
しかしご存知のように騎士道において、騎士の言葉には嘘偽りなどあり得ないとされております以上、それに対する反証が一ヶ月以内に提示されない限り、あるいは姫の弁護を申し出た騎士が命を賭して訴えた騎士と決闘をして勝つことで無実を証明しなければ、訴えを受けた王さまは、その淑女が愛娘であろうと誰であろうと死罪に処さなければならないことになっております。
その期限が迫っています。なのに姫を救おうという騎士は未だ一人も現れてはおりません。それというのもその騎士は誰よりも腕が立つからです。このままでは姫の命は助かりません。
それを聞いて剛勇リナルドの血が騒がないわけがない。わかった、ギネヴィア姫の命はこのリナルドが預かった、直ちに王のもとへ、決闘の場へと出立し訴えを起こした騎士を討ち果たして姫の無実を証明してみせよう。加えてあえて拙者の持論を述べれば、姫の無実は当然だが、たとえ姫が、かりに恋人と愛を交わしたとして、それのどこが悪い。愛はこの世の全てのルールに勝る。それに男どもが情を交わした淑女の数を誇るのに、淑女が魅了した騎士の数を誇って何が悪い。

そういうが早いか僧院を飛び出たリナルドの耳に、絹を裂くような女性(にょしょう)の悲鳴が聞こえた。
さてこの続きは、第五歌にて……
-…つづく