第814回:地震、雷、火事、親父…
古いコトワザにはリズムがあり、しかもなるほどと思わせる現実の裏付けがあります。時代とともに価値、評価が薄れ、ほとんど消え去ってしまったものもあります。その代表が、“オヤジ”の権威ではないでしょうか。恐ろしいものを順に挙げたこのコトワザも書き換えなくてはなりません。オヤジの権威も怖さも今ではすっかりなくなり、「そんなことをしたらお父さんに言いつけますよ!」と今時、子供を叱る母親はいないでしょうね。
もっとも、このコトワザは古き良き時代?の日本でのことですから、時代も変わり、ましてや全世界に通ずるものではありませんが、結構なるほどと思わせる響きがあります。
地震は人類の叡智を傾けても、全くコントロールできませんし、予想も地質学者、地震学者、地球物理学者がアレコレ警告を発していますが、肝心の“何時、どこで、どのくらい”が確定できず、そんな予報ならサイエンス・フィクションの作家でも、星占いのお婆さんでもできる程度です。
このコトワザは、アメリカでも権威が失墜している“オヤジ”を省けば、ぴったり当てはまります。地震は、環太平洋の火山帯がアラスカからアメリカの太平洋岸そして南米の先端までグルリと取り巻いているせいで、まことによく起こります。とは言っても、アメリカの東部、南部、中西部に住んでいる人の大半は、地面が上下左右に揺れるのを体験したことはないでしょうし、想像もつかないでしょう。私も日本に行き、大阪で初めて地震を体験し、天地がひっくり返ったのではないかという程驚きました。同時に、周りの人たちが平然として街を行き交っているのもとてもショックでした。今思えば、あんな程度の微震ならよくあることなのでした。
大家さんのお婆さんが地震の備えとして、洗面器と座布団を持ってきてくれ、実演? 頭の上に座布団を乗せ、さらにその上に洗面器を被り、家を出ることを教えてくれました。オヤマーなんという天災の国に来てしまったとのかと思ったことです。でも、戦前に建てられた木造の吹田お婆さんの家は今でも健在ですから、ユラユラ揺れながら耐震構造?になっているのかもしれませんね。
私が住んでいるロッキー山脈の山裾に地震がありませんが、雷と落雷が起こす山火事が最大の恐怖です。日本でのような入道雲が沸き、その下に閃光が走り、何秒か後にお腹に響くような大音響、そして豪雨というパターンではなく、もちろんそんな豪雨を伴う雷もあるのですが、この界隈では雷とニワカ雨とは別物です。カラカラに乾いた大気を通して、全く雨を伴わない雷が落ちるのです。遠くから眺めているブンには花火大会のようで、まさに自然が作り出すスペクタクルショーです。
一瞬、強い閃光が大地を打ち、青白い光が周囲の木立、岩山を浮き上がらせます。水平線いっぱいに何本もの白光が走ります。ワーッ、凄いと見惚れていられるうちは良いのですが、落雷の音が次第に大きくなり、近づいて来ると、自然のショーだなどと鑑賞できなくなります。じきに近所からの電話が鳴り出し、どこそこに落雷して山火事が発生した、今のところ風向きが良いので非常事態ではないけど、逃げる準備をした方が良いとか情報が飛び交い出すと、優雅に閃光のショーなど楽しんでいられなくなります。
今まで二度ばかり、車に水とキャンプ道具を積み込み、イザと言う時の持ち出しボックスを準備したことがあります。でも、私たちにはモノを持たない強さと言うのか、失うモノがあまりないのです。一番困るのは、周囲の森、木々が燃え尽きることです。この雨量が極端に少ない台地では、一度焼けると、再生するのに何百年もかかります。当然、私たちの土地は三文の価値もなくなります。この台地には川がないし、消防用の消火栓など皆無なのです。谷間を流れるコロラド川からタンクローリーで水を運んできても、文字通り焼石に水です。第一、そんなタンクローリーなんか消防署にないでしょうけど…。消火栓や川など、水源のない所では、火災保険も受けてくれません。
ダンナさんの方は、「土地も森もモノだ、生き延びれば、そんなこと何とでもなるさ…、ともかく死なずに生きることだ」、と至ってゆったり構えています。単にズボラだけなのかもしれませんが…。
落雷によって発生する山火事は年中行事になってしまいました。先週このコラムで書いた“エル・ニーニョの悪戯”のせいで、ある地域に大雨、そして洪水をもたらすのとは対照的に、大気中の水分を吸い取られるように持って行かれるのか、異常に乾燥した地帯も生まれます。そこへ、雷、山火事となると、もう止めようがありません。
ニュースに轟々たる山火事、それに飛行機、ヘリコプターで消火剤を撒く様子が写し出されます。あんな消火剤散布は、巨大なマンモス象に手向かうハリネズミのようなもので、全く効果がないと思っていたところ、あに図らんや、アメリカで発生する山火事の98%はハリネズミ方式で消し止められている、のだそうです。それこそハリネズミの先鋒である山火事消防隊員の活躍に目覚ましい効果があるのだそうで、アメリカの林野庁、内務省では、1万5,000人の山火事専門消防隊員を臨時にトレーニングし、動員しています。
こんな国の大事の時こそ、軍隊、州兵を存分にコキ使えば良いのに、と思うのですが、そんなことは政治を知らない自然愛好家の言うことだとバッサリ切られてしまいます。
ガンと同様で、早期発見がカギだそうで、ドローンや監視衛星がない時代にも、小高い山の上に火の見櫓を建て、春先から夏場、そして秋にかけて監視員を常駐させていました。私たちが山歩きをする時、そんな火の見櫓の残骸をいくつも目にします。
地震、雷、火事、オヤジは語呂合わせと口調にリズムがあり、歴史的なオヤジの権威が失墜した今も人々の口にのぼるコトワザでしょうね。“オヤジ”の代わりに“ツナミ”を持ってくると現実にはぴたりと合いますが、語呂がよくありません。ここは“オヤジ”さんに一つ頑張ってもらい、往年の権威を回復してもらわなくてはならないところです。
第815回:年金暮らしとオバマケア
|