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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第815回:年金暮らしとオバマケア

更新日2023/08/24


アメリカに国の健康保険、年金が存在しないことは以前書きましたが、全くないわけではなく、あるにはあるのです。こんな持って回った言い方をするのは、年金の額がとても少ないこと、また健康保険も歳を取ってからどうにか生きていくのに基本的な条件をどうにかカバーするだけのものだからです。しかも、引退するまで、年金のために支払いをマジメに続けた人に限られます。
 
国の年金制度はソーシャル・セキュリティー(Social Security)と呼ばれ、建前としては、そのカード、番号をアメリカに在住する人は、国籍の有無を問わず全員が必ず持たなければなりません。このソーシャル・セキュリティーは国民総背番号で、銀行の口座を開くとか、運転免許を取得するのに必要になります。と同時に、ソーシャル・セキュリティーに年金の積み立てのため毎月支払らう義務が生まれます。これは税金とは全く別です。この年金はわずかな金額なので、それで生活できるものではありません。しかも、65歳にならなければ貰えません。私は16歳でアルバイトをし始めた時から、ソーシャル・セキュリティーを納めています。
 
ですが、当然、ソーシャル・セキュリティー・カード(番号)も持たず、持っていても支払わない人が大勢出てきます。税金のように、必ず支払わなければならないという強制的に徴収するものではないからです。ホームレス、そして大都会のゲットーに住む人たちの大半はそんなもの払っていられるか、とばかり無視しています。そんな人が多くなり、国のソーシャル・セキュリティー自体が、破産する日は近いと言われるようになりました。

数年前、引退した時、働いていないのに毎月お金が入ってくるは、嬉しいような、奇妙な気持ちでした。わずかなソーシャル・セキュリティーの年金から、オバマ大統領が始めた俗に「オバマケア」と呼んでいる、老人用の国民健康保険料金が自動的にガッチリ引かれ、その残額が銀行に振り込まれてくるのです。私たち老夫婦で、オバマケア、国民健康保険料は320ドルくらいになります。高いな~と思っても、半ば強制的に差し引かれてくるので、被保険者に選択の余地はありません。 
 
ところが、これがアメリカの医療保険の奇妙なところで、国が基本的プランを立て、推し進める政策なのに、実際に扱うのはすべてプライベートの営利保険会社を通さなければならないのです。それがまた、大手、小手、全国ネット、地方に根ざした会社と、私たちが住んでいる人口12万人程度の大学と引退生活者で成り立っているような町でさえ20社近くあるのです。それぞれの保険会社、少しずつ違ったプランを売り出していて、インターネットには比較表などが掲載されています。

年1回の基本的な検診だけのものから、追加する金額により、歯医者、目医者を含むもの、入院費も何日間まで含むか、ガンの通院費用、救急車のサービス(これもすべて営利事業、プライベートです)、薬代もどの薬をどの程度カバーするかなど、マー、とてつもなく細かい条項が並べられています。こんな複雑怪奇な健康保険システムですから、アメリカお得意の医療弁護士やコンサルタントが活躍しています。こんな小さな町のテレビのコマーシャルに、いかにも善人風を装った医療関係の弁護士、コンサルタント、エージェントが登場し、盛んに自分を売り込んでいます。
 
私の父は、何でもかんでもすべてカバーするという保険に、追加料金毎月400ドルを余計に支払っています。ですから、彼が支払っている保険料(オバマケアの保険料プラス追加保険料で)総額は月額600ドルになります。彼の入っているスーパー保険は、眼鏡、補聴器、薬なども含まれています。その上、元々身体が異常に硬く、手がつま先まで届かず、足の爪(92歳ですから爪も歪に硬くなっているのは事実ですが)も自分で切ることができない、したがって、彼の保険は整形外科で爪を切ってもらうことまでカバーしています。もっとも、他にすることもないのでしょうけど、父は臆病なくらい自分の健康維持管理に非常に気を使うタイプですから、病院へ行くのが一種の暇つぶし、社交になっているのかもしれません。

毎週、2~5件、お医者さんのアポイントメントがあり、払った保険料はタップリ使っている感じです。日本の義理のお母さんがいた老人ホームでは、手足の爪くらい、若い介護士さんが定期的に切ってくれていましたが…。
 
打ち明けて言えば、2年前、ウチのダンナさんがスキーの事故で、ヘリコプターで運ばれ、集中治療室そして脳外科に入院した時の医療費の総額が、日本円でなんと5,000万円以上になり、その請求書が来た時にはとてもショックでした。ダンナさんの方は、「俺のアタマにそんな価値ネーゾ…」と言い出すし、一時はどうしようかと悩みました。大学のその方面に明るい教授仲間や医療弁護士に相談したり、スッタモンダの挙句、オバマケアに貧乏人を(低収入の人、私たちはその時点でソーシャル・セキュリティーの僅かな年金しか入ってこなかったのが幸いしたのです)救済する条項の適応を受け、どうにか払える金額に落ち着いたのでした。

ですから、この件に関してだけ言えば、アメリカの医療保険というよりオバマケアに救われたのでした。今のところ、ダンナさんのデッカイ禿げ頭はどうにか機能しているようで、障害はないようです。多少ボケているのは歳のせいで、スキーの事故とは関係ないでしょう。
 
私の父のように、私たちも含めてもいいのですが、アメリカでともかく保険料を払い、医療をなんとかカバーできる人は幸運なのです。ハナから何の保険も持たず、ソーシャル・セキュリティーカードも番号も持っていないアメリカ人は悲惨なことになります。

アメリカの医療レベルはおそらく世界でトップクラスでしょう。でも、その最新、最高の治療を受けることができるのは、ビル・ゲイツとまではいかなくても、金持ちクラスに限られているのです。貧乏人は慈善団体、教会などがやっている戦場の野戦簡易病院のようなところに行くか、路上でノタレ死ぬほかないのです。

お金持ちの国アメリカは、貧乏人を切り捨てることで成り立っているのかもしれませんね。

 

 

第816回:アニメと日本庭園

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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